あいたいときに あなたはいない






容姿端麗・眉目秀麗・八面玲瓏・天香国色・典麗・美麗・華麗・艶麗・輝く金髪・きらめく透過光・キグナス氷河が、純情可憐・純真無垢・天真爛漫・天衣無縫・清楚・純朴・純粋・無心・優しい面立ち・邪気無い瞳・アンドロメダ瞬と、その閲覧に年齢制限が設定されていないサイトでは とても克明に描写できないような情熱的な夜を過ごした あくる朝、その異変は起きた。

「ん……」
身体のどこにも氷河の温もりを感じ取れなかった瞬は、ベッドの上で目を閉じたまま、右側に ころりと自分の身体を転がしてみた。
だが、どういうわけか 瞬の求めていた温もりは 彼を受けとめてはくれなかった。
(あれ……?)
訝しく思いながら、もう一度、今度は反対側に ころころと身体を転がしてみる。
そうしてみて初めて、ベッドの上に氷河がいないことに気付き、瞬は ぱちっと目を開けたのである。

「氷河……?」
こしこしと目をこすりながら身体を起こし、辺りを見まわす。
「氷河ー?」
ベッドの下を覗き込んでも、枕の下を探しても、氷河の姿はない。
瞬は首を かしげかしげしながらベッドを抜け出し、ちょこちょこ衣服を身に着けて、ぱたばたと駆け足で部屋を出た。
(氷河が先に一人で起き出しちゃうなんて、どうしたのかな。お客さんでも来たのかな。それなら僕も起こしてくれれば、一緒に闘ったのにな)
いくら人を傷付けるのが嫌いでも、だが、だからといって自分だけ闘いの外で罪なき者のままでいようなどという姑息なことを、瞬は考えていなかった。
そういうことで、氷河たちに仲間外れにされてしまってはたまらないのである。

(僕が見てないと戦闘意欲 半減しちゃうくせに、平気で僕に聖闘士やめろなんて言うんだよね、氷河ってば。氷河が僕のこと心配してくれるのとおんなじように、僕だって氷河のこと、いつも心配してるのに、氷河、そんなこと、ちっとも知らないでいるんだから)
軽い憤りにも似た もどかしさを覚えつつ、瞬は氷河を捜して城戸邸内を あちこち走り回った。
地階から 最上階のプラネタリウムまで、邸内の東の端、西の端、南の端、北の端まで くまなく足を運んだのだが、瞬は、そのどこにも お客さんはおろか、肝心要の氷河の姿をさえ見付け出すことができなかった。
城戸邸を隅から隅まで捜し回ったおかげで、来客があったわけではないらしいことはわかったし、ラウンジで新聞を読んでいる紫龍の姿や、まだ目覚めていない星矢の鼾の音を確認することはできたのだが、どういうわけか氷河の姿だけはどこにもない。

最後に瞬は、まさかそこにはいないだろうと思いつつ、自室の隣りにある氷河の部屋に向かった。
城戸邸における氷河の居住区は 瞬の部屋ということになっていて、通常 氷河の部屋は主のいない空き部屋同然になっている。
瞬が氷河の部屋に赴くと、しかし、その室内には人のいる気配があった。
「氷河……?」
間違いなく、それは氷河の気配である。
灯台下暗しとは、このこと。
瞬は ほっと安堵の胸を撫でおろした。
「なんだ、ここにいたんだ。目を覚ましたら、氷河がいないんだもの。僕、びっくりしちゃった」
そう言いながら 瞬は室内に入ろうとしたのだが、どういうわけかドアは固くロックされている。
一度 右に30度首をかしげてから、瞬は、室内の氷河に聞こえるように大きな声を張り上げた。
「氷河ー、鍵かかってるよー! ドア、開けてくれるー?」

……10秒、20秒、30秒……1分、2分、3分……5分……10分。
瞬は、氷河がドアを開けてくれるのを辛抱強くじっと待ったのである。
10分経っても返事がないので、もう一度 声をかけてみる。
「氷河ー、開けてー」
どうやら氷河は、瞬の来訪に気付いていながら、それを無視して だんまりを決め込もうとしていたようだった。
10分経って再び瞬の声を聞き、瞬がまだそこにいることを知ったらしい氷河は、やっと瞬に答えを返してきた――のだが。
「瞬、すまんが、しばらく一人にしておいてくれ」
「え?」

10分も待ったあげくにやっと手に入れることのできた氷河のその返事に、瞬はびっくりしてしまったのである。
氷河から そんなセリフを聞かされるのは、瞬は これが初めてのことだった。
これまで、そうしてくれと頼んだわけでもないのに、毎日 朝から晩まで――ある日を境に、晩から朝までも――片時も瞬の側を離れなくなったのは、氷河その人である。
二人でいることが常態になり、今では瞬も一人でいることに居心地の悪さを感じるようになってしまっていたのだが、それは あくまで受動的なことで、より積極的、より主体的に 二人でいることを欲していたのは 常に氷河の方だったのだ。これまでは。
だというのに。

瞬は、氷河に何を言われたのかを すぐに理解することができず、一瞬 ぽけっと呆けてしまったのである。
「ひ……氷河、どうしたの? 何かあったの?」
3分ほどの時間をかけて 何とか気を取り直し、瞬はドアの向こうにいるはずの氷河に 再度 声をかけた。
が、氷河の返答は、やはりひどく素っ気ない。
「ちょっと考え事があるんだ。いいから放っておいてくれ」
「……」
それを氷河の言葉と思うことができずに、瞬は、思考が乱れた状態で、二度三度と瞬きを繰り返したのである。
あまりに驚きすぎて、それ以上 氷河を問い詰めることもできなかった瞬は、結局、そのまま ぽてぽてとラウンジに引き返すことになったのだった。


「なんだ、瞬、一人か? 珍しいな。背後霊はどうした」
一人でラウンジに入っていった瞬の姿を認めた紫龍が、連れのいない瞬に怪訝そうな顔を向けてくる。
瞬は ぽけっとしたまま、抑揚のない声で答えた。
「一人で いたいんだって」
「氷河がか?」
まるで据わりきっていない人形の首が項垂れるように こくんと瞬は頷き、そんな瞬の様子を見た紫龍が、ラウンジの窓の向こうに広がる青く晴れ渡った空に視線を投げる。
「……今日は、雪ダルマでも降ってくるのか」
紫龍の天気予報が絶対に外れると言い切ることはできないほどに――それは奇妙な事態だった。






【next】