■■ 氷河の証言 ■■


夕べは――11時頃には自分の部屋に戻った。
なにしろ、いつも緩衝役をしてくれてるおまえらがいなかったもんで、へたすりゃ一輝とマジでバトルを始めちまいそうだったからな。
ったく、あの兄弟は!
いったい、俺にどーしろって言うんだ!
俺がちょっとでも瞬を見ると、一輝の奴がガン飛ばしてきやがるし、かといって無視すると、瞬が悲しそうな顔をする。

夕べも――そう、瞬がラウンジにいた俺と一輝にお茶を運んできてくれたんだ。
俺は瞬がテーブルに置こうとしたカップとソーサーを受け取ろうとして――その時にちょっと――ほんのちょっとだけだったんだぞ――瞬の手に俺の指が触れて――それだけのことで、一輝の阿呆が俺に突っかかってきやがった。
「瞬に触るな、この毛唐!」ってな。

ムッとしたさ。
だが、そこで一輝と喧嘩を始めちまったら、瞬がまた泣くだろう。
だから、俺は聞こえない振りをした。
だが、それがかえってまずかったんだな。
俺が反論しないもんで、瞬が「兄さん、なんてこと言うの!」と、一輝をたしなめにかかって、それが逆に一輝の気に障ったらしい。

で、あわや大乱闘って雰囲気になりかけたんだが……瞬が、な。
「ごめんなさい。氷河」
そう言い残して、かっかしてる一輝をなだめながら、奴をラウンジから連れ出していったよ。
で、俺は一人ぽつんとラウンジに残されたわけさ。

「くっそー、あの激バカ兄貴めっ!」
一人になっても、俺の怒りはおさまらなかった。
この際だから言っちまうが、俺はもうずっと――6年ぶりに再会した時から――いや、ガキの頃から瞬が好きだったんだ。
初めて会った時に、もう俺にはわかってた。
むさくるしい兄貴の影から、少しはにかみながら笑顔を見せてくれるこの小さなピンクの花が、俺の一生を支配するただ一人の存在だ、とな。
そう直感したんだよ。

それなのに、あの独占欲の強いクソバカ兄貴が、なにかってーと俺と瞬の間に割り込んできて、好きだと告白することはおろか、朝の挨拶を交わすことすら邪魔しやがるんだ!
俺は、瞬が好きなのと同じくらい、一輝が憎たらしかった。
夕べも、そのイライラがなかなか収まらなくて、どーにも仕様がないから、もう寝ちまおうと思ってラウンジを出たんだ。
で、自分の部屋のドアを開けようとした時、ちょうど一輝の部屋から出てきた瞬に会った。
瞬は、俺に気付くと小走りに駆け寄ってきて、
「氷河、ほんとにごめんね」
と謝って、俺にぺこりと頭をさげた。

いつもなら、それで少しは俺の苛立ちも収まるんだが、夕べは――なんで一輝の非礼を瞬が謝るんだと、かえって腹が立ったんだ。
だが、だからって瞬を怒鳴るわけにもいかないだろう。
俺は根性でこらえたさ。

「なんだって、一輝の奴はああも俺を目の敵にするんだろうな。星矢や紫龍なら、おまえとじゃれあっていようが、話をしていようが何も言わないくせに、俺がおまえに『おはよう』を言うだけで目をつりあげやがる」
俺がそう言うと、瞬は困ったように目を伏せた。
もちろん、一輝が俺だけを目の敵にする訳は、俺にはわかっていた。
要するに、一輝は、俺が瞬に惚れてることに気付いてるから、俺だけを瞬から遠ざけようとするんだ。

俺は……期待していた。一輝が俺だけを瞬の側から排斥しようとする訳に、瞬も気付いてくれているんじゃないかと。
「……僕のせい…なんでしょ?」
そう、瞬は言った。
消え入りそうに小さな声で。
「兄さんが言ってた。氷河は僕のこと嫌いだから……僕みたいな泣き虫見てると いらいらしてきて――でも、僕を仲間として遇しようとして、いつもいつも無理してるんだ…って。だから、兄さんは、僕が氷河に近付きすぎて氷河を苛立たせないように気を遣ってくれてるんだって…」

瞬が何を言ってるのか、俺はすぐには理解できなかった。
「僕……でもね、氷河。僕、子どもの時ほど泣き虫じゃなくなってるんだよ。みんなと一緒に闘えるくらい強くもなったでしょ? そりゃ、兄さん、心配性だから、いつも僕のこと助けに来ちゃうけど、でも、ほんとは兄さんに助けてもらわなくたって、僕、ちゃんと勝てたんだよ、いつだって。だから……」
俺は―― 一輝がそんな嘘八百を並べたてて瞬を俺から引き離そうと画策していることより、そんな嘘っぱちを瞬が信じてることの方に腹が立ったんだ。
いや、腹が立ったんじゃない。情けなかったんだ。
情けなくて――瞬が一輝の言うことを鵜呑みにして、俺自身を見て判断してくれていないってことが、やりきれなかった。

俺は一度だって……いいか、ただの一度だって、瞬を嫌ってる素振りなんか見せたことはない。
一輝と俺が対立したら瞬が悲しむだろうと思って、一輝の一方的な嫌がらせも我慢し続けてきた。
それを――そんな俺の気持ちを、瞬はまるっきりわかってくれてなかったんだ。
俺はカッと頭に血がのぼって――瞬の腕を力任せに掴みあげて、我にかえった時にはもう瞬を俺の部屋の中に引きずり込んでいた。
そして――あれは、そう、やはり犯罪行為になるんだろうな……。
瞬の意思を無視して、暴力で瞬を従えようとしたんだから。
強姦か準強姦罪だ。

泣きわめく瞬を――いや、瞬は声もあげなかったな。
俺のすることが信じられないって顔をしていた。
べッドに引き倒されても、服を引き剥がされても、自失したみたいに目を見開いていて、俺にキスされても、身体に触れられても、ずっとぽかんとしていた。
俺に何をされているのかに気付いた時にはもう感じ始めていて、喘ぎ声と溜め息しか出ないようになっていた。

レイプされる時にも、人間ってのはそれぞれの性格が出るんだな。
瞬は、俺を罵倒したり傷付けたりすることもできなくて、抵抗も弱々しかったし、誰かに助けを求めたりもしなかった。ただ、ずっと、声も出さずに泣いていた。
そして、それをいいことに、俺はやりたい放題ってわけだ。
朝までかけて、俺は瞬の全部を俺のものにした。
身体の線から肌の感触まで、微に入り細に入りおまえらに説明できるくらいにな。
もう一度機会を与えられたら、俺は1分で瞬をイかせてやる自信があるぞ。

――それが、俺のアリバイか、だと?
いつ俺がそんなことを言ったんだ。
いくら夜っぴいて瞬を可愛がってたからって、それくらいのことで、この俺が人ひとり殺す力も残らないほど疲労困憊するはずがないだろう。
60過ぎのジジイじゃあるまいし。
ま、一晩やりまくったくらいで足腰立たなくなるほど基礎体力がなかった方がよかったんだろうがな。

不幸にして、俺は全く元気なままで、もっと不幸なことに、朝になったら頭の方も冷えちまった。
頬に涙の跡を残して気を失ってしまってる瞬を見た途端――いや、失わされて、か――まあ、どっちでもいい――瞬を見た途端に、なんてことをしちまったんだ……って後悔の嵐だ。
俺はいったい何のために、再会してから2年近く一輝の嫌がらせに耐え続けてきたんだと思ったよ。
瞬のためだ。
瞬を困らせたくないから、仲間同士の決定的決裂に及ばないように、我慢に我慢を重ねてきたのに、俺は最悪の形で瞬に自分の気持ちをぶつけちまった。

自分の気持ちも何も――あんな暴行を受けて、そこに俺の気持ちがあるなんて、瞬に通じるはずもないな。
俺は、それ以上瞬の寝顔を見ていられなくなって、瞬をそこに残したまま部屋を出たんだ。
4時頃、だったかな。まだ陽はのぼっていなかった。
俺はもう一生瞬に許してはもらえない。
一生瞬に憎まれ軽蔑され続けるんだと、頭の中にはそれしかなかった。
混乱と絶望だけ。

どうすればいいのかわからなくて、ふらふらとラウンジに行って長椅子に倒れ込んだ時だ。
「氷河」
沙織さんの冷たい声が俺を呼んだ。
慌てて身体を起こすと、沙織さんが庭に面したガラス扉の前に腕を組んで立って、俺を見おろしていた。
いや、腕を組んでいたんじゃないな。沙織さんは自分で自分の身体を抱きしめているみたいだった。
沙織さんは俺に言った。
「瞬に何をしたの」と。
俺は―― 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
なぜ沙織さんがそのことを知っていて、俺を責めるのかが。

でも、多分、瞬の小宇宙がアテナに、いや、沙織さんという一人の女性に救いを求めたんだろうと思った。
力づくで女の代わりをさせられたなんてことで一輝に救いを求めたって、それは一輝に理解できる苦しみじゃないだろうしな。
沙織さんは俺の答えを待っていなかった。
今まで聞いたこともないほど冷めた声で、俺を糾弾してきた。
「あなたのしたことは殺人と同じよ。いいえ、殺人より質が悪いわ。あなたは瞬の心に一生消えない傷を残して、瞬は一生その傷に苦しみ続けるの。取り返しのつかないことをしたって、あなた、わかってるの!?」

沙織さんにそう言われて、俺はぎりっと歯噛みをした。
全くその通りだ。
だが、そんなこと言われるまでもなく、俺だってわかっていた。……違う。わかっていなかった。
俺は、これからずっと瞬に憎まれるって未来だけに苦悩していて、瞬が傷付いたってことを考えちゃいなかった。
そのことに、沙織さんの言葉で初めて気付いて、俺は急に強烈な自己嫌悪に襲われて、そして、その自己嫌悪への反発が、俺に、沙織さんの言葉を素直に聞きいれさせなかったんだ。

「夕べからずっとここにいたようだが、沙織さん、今そんなことを言うのなら、何故俺を止めに来なかったんだ」
逆に蔑むように、俺は沙織さんに言ってやった。
沙織さんが微かに顔を伏せる。
「自分が受けた暴力のことを他人に知られたら、瞬はますます傷付くでしょう…。瞬は無意識に私を呼んだようだったもの。それに……私は、駆けつけるのが少しばかり遅すぎたようだったわ」
「……」

つまり、沙織さんが俺の部屋の前に来た時には、もう凌辱が終わったあとだった、というわけだ。
それで、沙織さんは瞬の心を思いやってそのまま引きさがり、おかげで俺はそのあと何度も瞬を堪能できたってこと。
――沙織さんも押し入ってはこれなかったろうさ。
瞬はその頃にはもう、俺の下で感じまくって、喘いで、歓喜の声をあげてたんだから。

……ああ、ちょっと――いや、かなり、捨て鉢になってるな、俺は。
今朝もそうだった。あの女がやたらと俺に「瞬を傷付けた」と繰り返すもんだから――俺だって傷付けたくてあんなことをしちまったわけじゃないのに。
俺が望んでいたのは、素直な目で俺に微笑みかけてくれる瞬だけだったのに――。
そうだ。だから、殺したんだ。俺が、沙織さんを。

簡単だったよ。彼女はあの時、強大なコスモを持つ女神じゃなく、瞬に同情する一人のただの女だったから。
あっけないもんだった。






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