「危険だが、氷河の攻撃をかわさずに、受けてみたらどうだ? 目の前でおまえが倒れたら、あの馬鹿も目が覚めるかもしれない」
危険なようだが、大いに成果の期待できる紫龍の提案に、しかし、瞬は左右に首を振った。
「そんなことになったら、氷河が悲しむ」
「それはそうだが、だからと言って、いつまでも氷河につけ狙われたままでいるのもな……」
非常に有効に思われる紫龍の提案は、半ば以上は冗談だったらしい。
彼は、その良案をすぐに引き下げた。
紫龍のぼやきには、瞬も同感だった。
決着はつけなければならない。
だが、その方法が、瞬には思いつかなかった。

「どうしたらいいんだろう……。どうしてなんだろう……?」
二人で過ごした夜──と、好きだと囁き合いながら 夜を待った昼。
それを、氷河が忘れてしまったのだとは思い難い。
そんなことはありえなかった。
事態の収拾手段を思いつけないまま瞼を伏せた瞬に、星矢が焦れったそうに叫ぶ。
「なら、逆に倒しちまえ! 殺さない程度に痛めつけて、ふん捕まえて、正気に戻れってブン殴ってやれば、氷河も 元に戻るだろ!」
それは、氷河が 本来の彼自身を失っている場合にのみ有効な解決方法である。
そして、今の氷河は、彼自身を失ってはいない。
更に悪いことには──。

「……氷河、本気なんだ。強いんだよ。僕は勝てない」
気負い込んでがなり立てる星矢に、瞬は気弱に笑った。
「強い……って、おまえよりかよ?」
氷河がこの場に居合わせていなかったことは、今ばかりは、氷河にとって幸いなことだったかもしれない。
星矢が、心底意外そうに、瞬に問い返してくる。
彼の声と表情は、氷河が瞬より強いなどということは、絶対にありえないと確信している者のそれだった。
「だって、氷河は本気なんだ。僕は、氷河と本気で闘うなんてできない」
そう言って肩を落としてしまった瞬に、まるで計ったように同じタイミングで嘆息を一つ漏らし、星矢と紫龍は同情の視線を投じることになった。

「まあ、おまえの立場からしたら当然だろうな」
そのあたりの事情は、星矢も紫龍も心得ている。
そもそも瞬は、闘いが嫌いで、人を傷付けるのが嫌いという、最も聖闘士らしからぬ聖闘士なのだ。
その上、今回の瞬の敵は、元の仲間、今も仲間、そして、瞬の氷河なのだから。
「うん、ごめんね」
瞬は、仲間たちに詫びて、もう一度 無理に笑顔を作った。

瞬は、氷河に抱かれる立場にい続けたことで、自分が女々しくなったとは思っていなかった──思えなかった。
瞬にとって、氷河は、やんちゃで我儘な、加減を知らない子供だった。
瞬には、自分がその子供を受けとめてやっているのだという意識がないでもなかった。
氷河との交接に満足してはいたが、それ以上に、瞬は、自分が氷河を満たしてやっているつもりでいた。
そのあたりの交情の機微が、紫龍はともかく星矢に わかっているとは思えなかったが、いずれにしても、表層に見える結果は同じ、である。
大切な相手だから傷付けられない──のだ。
たとえ氷河を本来の彼に戻すためにでも、氷河を傷付けることは、瞬にはできそうになかった。






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