「野いちご摘みに行きませんか、アイザック? 氷河と僕とアイザックとで」
「――」
瞬の提供してくる仕事は、いつも幼稚で馬鹿馬鹿しさを極めていたが、今日はまた一段とくだらない――と、アイザックは思った。
「競争です。このカゴを先に一杯にした人の勝ち。怠けないでちゃんと探してくださいね。大きな群生を見付ければ、きっとすぐに一杯になります」
だというのに、のこのこ野いちごがあるというその森までやって来て、あまつさえ瞬の手からカゴを受け取り、野いちごの群れを求めて森を歩き出した自分が、アイザックはよく理解できなかったのである。
瞬たちとは逆の方向に歩き、二人から離れた場所に腰を下ろしたアイザックは、瞬に手渡されたカゴをすぐに脇に放り投げてしまった。

この国には珍しく、かなり太く高い木々が繁っているその森は、木々が森の外の音を遮ってしまっているかのように静かだった。
そのためかどうか、たくさんの小さな円を描いている木洩れ日が、きらきらと音を発しているように見える。
やわらかな下草の上に横になり、アイザックは、その静かな光景をぼんやりと眺めていた。
平和で穏やかな日々というものは確かに心地良く、つい溺れてしまいそうになるが、毎日がこれほど平穏無事でいると、自分が馬鹿になってしまいそうな気がする。
アイザックは、しばらくすると、ゆるゆると億劫そうに立ちあがった。

(瞬が氷河の奴と離れたところにいれば、辺りには他に誰がいるでもなし、瞬をさらっていくことも可能かもしれない……)
もしそんなチャンスが目の前に転がっていたとして、本当に自分はその計画を実行に移すのだろうかと訝りながら、アイザックは瞬たちがいると思われる方向に足を向けた。
彼の推察通り、瞬と氷河は離れたところにはいなかったが。

「氷河! 僕が摘むそばから食べないでください! どうしても食べたいのなら、自分で摘んで食べて!」
「――やはり瞬の唇の方が美味いな」
まるで話を聞いていないらしい氷河が真面目な顔をして言うのに、瞬が頬をふくらませる。
「僕たち、競争してるんですよ! 氷河、邪魔しないで!」
「俺の欲しいものは何でもくれると言っただろう、瞬」
「……!」
いつのまにか図々しくなってしまった恋人にそっぽを向いて、瞬はまたいちごを摘み始めた。
その唇を求めてまとわりつく氷河を片手で追い払いながら。

「氷河なんか知りません! アイザックはきっと真面目にいちごを摘んでくれています!」
「いちごより美味いものがあることを知らないからだ」
「氷河ってば、あっちへ行ってください!」
「瞬がキスしてくれたら、言うことをきく」
「怠ける人は嫌いです!」

口調は叱咤のそれだが、どうみても瞬が本気で怒っているようには見えない。
かつて何百何千という命を平然と奪い去った男が、拗ねてしまった恋人の前で――なぜ瞬が拗ねてしまったのかも、瞬は怒っている振りをしているだけなのだということも理解できずに――呆然としている様を遠目に眺めていたアイザックは、何やら至極不快な感情に支配され始めていた。
「氷河……? ほんとに怒っているわけじゃないんですよ……?」
不器用な恋人を安心させるために、瞬が氷河に、彼の望んでいたものを差し出す。
さぞかしそれは美味いものなのだろう――。
胸の内で苦々しく思いながら、アイザックはその場を立ち去った。






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