春真只中の南仏は美しかった。
北部地方を抜け南部に入ると、日本では到底見ることのできない穏やかな田園風景、教会の尖塔、レンガ造りの街並みが続き、瞬は窓の外の光景に子供のようにはしゃいでいた。
「わあ、綺麗、一面ラベンダーの花! あ、あっちは、スイトピーの花畑かな。うわあ、おとぎ話に出てくるみたいな家ー! 氷河、氷河、ねっ、あそこに可愛いカフェがある! 寄ってこーよぉ」
口調までが、すっかり甘ったれの仔猫ちゃんである。
一輝に対する甘え方と微妙に違うのは、瞬が氷河を“目上の人”と思っていないからなのだろう。
しかし、氷河は、瞬にそういう甘え方をされるのが心地良かった。
パリから南下して、モンタルジー、クレルモンフェラン、ベジエ、ナルボンヌ――。半端でなく長いドライブも、全く苦にならない。
日が暮れる頃には、はしゃぎすぎて疲れた瞬は、氷河ひとりに運転を任せたまま、すーすーと軽い寝息を立て始めていたのだが、それすらも氷河は微笑ましく見詰めていた。
氷河の前では滅多に解かれることのない瞬の鉄壁の防御が、少し――否、かなり――緩められている。いつ車を止めてその唇を奪うかもしれない男の横で、瞬が無防備に眠っている――のだ。
もちろん、氷河は、その防御を完全に解かせるためにも、途中で車を止めるようなことはしなかった。
少しガードが緩んだと思い、いい気になって手を出そうとすると、瞬はすぐにその防御壁をより強固なものにすることを、なにしろ、氷河は過去の経験から身にしみて知っていたのである。






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