ユーグ・ド・モンフォールは、西に十字軍本営の砦、オード川を隔てて東に落城寸前のカルカソンヌを眼下に見降ろしていた。
打ち消しても打ち消しても胸中に滲み出てくる苦いもののせいで気分は最悪である。
もともと異端討伐になど関心はなかった。
十字軍司令官を任じられた伯父シモンに助力を要請され、父代わりに彼を養育してくれた伯父の頼みを無下に断ることもできず、気乗りしないままここまでやってきた。
もっとも、目的地がラングドックと聞いて、少しばかりの期待を抱きはした。
ラングドックには、欧州中に勇名を轟かせたレーモン・ロジェ・トランカヴェルの居城カルカソンヌがある。
うまくすれば、レーモン・ロジェとの手合わせが叶うかもしれない――と、彼は期待したのだ。
馬と甲冑ばかりが立派な、騎士とは名ばかりの騎士たちに、ユーグはうんざりしていた。
そんな輩を倒して名を上げてもしらけるばかりだった。
強い相手――闘いを楽しめるほどの、死力を尽くさなければ勝てぬほどの強い騎士――を求めて、彼はイル・ド・フランスの小村から、ここカルカソンヌまでやってきたのである。
だというのに、一部の騎士を除いて、十字軍の構成員は欲の皮の突っ張ったならず者ばかり、仮にも聖戦を謳った戦いだというのに、異端・カトリックの別無く為される大虐殺、己れの保身のために友を裏切るラングドックの地方領主たち――ユーグは我慢ならなかった。
しかも、十字軍参加の第一の目的であった騎士が、そんな卑劣な者共の謀略で命を落としたとあっては、何のためにこんなところまでやってきたのかわからないではないか。
(いや、この不愉快さは、あの下衆野郎たちのせいじゃない。この気分の悪さは――)
あれほど闘いたいと望んでいた男の臨終の告解を聞いてしまった――聞かされてしまったからだった。


「落城を知らぬカルカソンヌの攻め方の秘密でも聞けるかもしれん」
と、司令官の伯父に誘われて向かった部屋は無人だった。
「伯父殿。密通者はどこです」
てっきりカルカソンヌ城塞の内部に詳しい者が、情報を売りに来ているのだとばかり思っていたユーグが伯父に尋ねると、伯父はユーグに口を聞かぬよう身振りで示した。
怪訝に思ったユーグの耳に聞こえてきたのは、隣室で終油の秘蹟に臨んでいるらしいレーモン・ロジェ・トランカヴェルの臨終の告解だったのだ。
そして、その内容は、ユーグには到底理解できないものだった。
レーモン・ロジェは、聴聞僧に『実の弟を愛していた』と告解したのである。いつも激しい欲望を感じていた、と。
その欲望を抑え続けることができたのは、弟が清らかすぎたからであり、決して神を畏れたからではない。
むしろ、自分は神を信じたことなどなかった――とさえ。
卑劣極まりない十字軍に従っている聴聞僧を揶揄するような口調だった。
「貴様等の神に私を許すことができるかどうか、堕落しきったおまえにはわかるまい。私を許すことができるのはシュンだけだ」
そう罵られた聴聞僧は、臨終の部屋からあたふたと逃げ出してしまったようだった。
ユーグは、隣室で、呆然としていた。
名誉を重んじ、清廉潔白な欧州一の騎士と讃えられてきたトランカヴェル家の当主の秘密。
それを自分に聞かせてしまった伯父にも腹が立ったが、こんな堕落した騎士との一騎討ちを求めてカルカソンヌくんだりまでやってきた自分の間抜けさ加減にも怒りを禁じ得ない。
領民のために一命を投げうって、この本営にやってきた時のレーモン・ロジェの、己れの力への自信に満ちた態度に感銘を受け、その彼を捕らえた十字軍の指揮官たちの卑劣に憤りを覚えていただけに、ユーグの幻滅は大きかったのだ。






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