「確かに今まで会ったどんな女神より美しいが、あまり好きになれそうにはないな。人間だって? 神より冷めた目をしている。あんたの兄貴は、あんなののどこがいいんだ。綺麗なだけの詰まらない人形じゃないか」
さすがに当人の前で正直な感想を言う無礼をしないだけの分別は、エンデュミオンにもあった。
が、ヘリオポリスの東の一角にある館の一室に落ち着くと もう、エンデュミオンは持ち前の口の悪さを隠す気がなくなったらしい。
エンデュミオンは、セレネの兄の恋人を遠慮会釈なく こきおろした。

そんなエンデュミオンを たしなめるように軽く睨んでから、セレネが小さな溜め息を洩らす。
「そんな言い方はするものじゃないわ。シュンは昔はとても生き生きした元気な子だったのよ。何でもないことでよく笑って、すぐ真っ赤になって、涙もろくて、いつも何かを夢見ているような明るい目の――内側から生気に輝いているような、そんな子だったの」
「は! 想像もできないな」
妙に投げやりな様子のエンデュミオンを見て、セレネは彼から視線を逸らした。

エンデュミオンの気が立っているのは、神ならまだしも自分と同じ人間との争いを避けて、暮らし慣れたラトモスを捨てることになったせいではないだろう。
エンデュミオンもまた、永遠を与えられるまでは、もう少し自分の言動に慎重だったし、他人を見る目にも相応の優しさがあった。
永遠の命が――何が起こっても、神も人間もその命を奪うことはできないという事実が──エンデュミオンを 自棄めいた傲慢さを持った人間に変えてしまったのである。

それでもエンデュミオンがシュンのように暗く沈み込んでしまわないのは、ヘリオスがシュンを その愛で縛りつけているような束縛を、セレネがエンデュミオンに課していないからだったろう。
エンデュミオンは基本的に誰からも──セレネからも、自由だったのである。
エンデュミオンがセレネと共にヘリオポリスに来たのも、セレネに共に来てくれと言われたからではなく、エンデュミオン自身が、人間と争ってまでラトモスに固執するのは馬鹿馬鹿しいことだと判断したからだった。






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