1453年、初春。 ビザンティン帝国皇帝コンスタンティヌス11世は、皇宮の居室に一人の軍人を呼び出した。 帝都コンスタンティノープルは、いまや、スルタン・マホメット2世率いるトルコの大軍勢に囲まれ、陥落寸前。 召し出されたのは、北方民族の血の混じった、いかにも北国の人間らしい金髪と地中海と同じ色の瞳を持つ、まだ若い皇室親衛隊長だった。 二人の后に先出たれ、子もなかったコンスタンティヌス11世は、才気に溢れた この美しい親衛隊長に、それこそ我が子に対するような愛情を注いでいた。 「アルヴィーゼ。そなた、今すぐ皇宮を出て、ヴェネツィア居留区に行け。そして、元首補佐官ガブリエレ・オルセオロ殿の許にある一対の宝石を、マホメット2世の手に渡らぬよう 帝国の外に運び出すのだ。よいか。これは、ビザンティン帝国皇帝の最後の命令であると共に懇願だ。私の心の安寧のため、ビザンティン帝国の栄光のため、我が国を助けて共にトルコと戦ってくれたヴェネツィア共和国の恩義に報いるため、キリスト教徒の名誉のため、そして、何よりそなた自身のために、必ずやりとげてくれ」 かつて黒海・地中海沿岸に君臨し、小アジアまでをも その支配下においていた大帝国の現在の領土は、最盛期の百分の一にも満たない。 さしたる軍事力もない かつての大帝国は、経済的にはヴェネツィア・ジェノヴァの通商国家に支えられ、かろうじて存続しているありさまである。 ビザンティン帝国に、今 確かにあるものは、かつての栄光と名誉だけだった。 ヴェネツィア・ジェノヴァの海軍力を借りて、これまではなんとかトルコ軍の猛攻に耐え続けてきたが、兵の数で10倍以上の差があるトルコ軍を退け続けるのには限界がある。 コンスタンティヌス11世は、帝国最後の時を悟ったようだった。 親衛隊長アルヴィーゼ・ローヴェレは、皇帝の言葉に拳を握りしめた。 アルヴィーゼは、決して死を望んでいるわけではなかったが、当然のごとく、皇帝と帝国の死に殉じる考えでいたのである。 家族を持っている他の兵士たちならともかく、天涯孤独の自分が帝国の栄光と共に滅ぶことには何の問題も憂いもなく、最後の最後まで皇帝を守りぬくことこそが、自分に課せられた使命だとも思っていた。 ──が、アルヴィーゼは、その決意を皇帝に告げることはできなかった。 いつもは穏やかな皇帝の眼が、今日だけはいつになく厳しい光を宿している。 ビザンティン帝国皇帝コンスタンティヌス11世の目には、下した命令に否やを言わせぬ威厳がたたえられており、その力はアルヴィーゼを圧倒した。 |