「あのね、私の聞きたいことは2つだけなの。私、常々不思議に思っていたのよ。きゃわさんちの瞬くんは、どーしてあの時泣くの? あの時、失神することってほんとにあるの?」

「……………………」

S・Y女史の質問に、瞬は言葉を詰まらせた。
“あの時“というのが、どの時なのか、瞬にはすぐにはわからなかったのである。
しかし、とにかく、何かを答えなければならない。
誠実な態度を示すことが、今回、瞬に課せられた至上義務なのだ。

「あ…あの、え…と、泣くのは悲しかったり、嬉しかったりするからでしょう?」

瞬の答えは、当然のことながら、S・Y女史の求めるものとは違っている。

「ううん、そうじゃなくて」
「はい?」

妙齢の女性であるインタビュアーには、“あの時”がどの時なのかの説明を口にすることはためらわれた。

つぶらな瞳でインタビュアーの説明を待つ瞬の前で戸惑うS・Y女史に、救援の手を差し延べたのは、あろうことか、それまでふてくされきっていた氷河その人だった。
無論、それは親切心から出た行動ではなく、S・Y女史のその二つの疑問が氷解すればこのインタビューを終わらせられると知った故の行為だったが。

「俺の瞬に限ったことじゃない。泣く奴も失神する奴も実際にいる。泣かない女もいたし、感度が鈍いのか失神しない女もいたな。俺の瞬は泣くタイプなんだ。瞬が失神するのは、俺の手腕。さ、これでインタビューは終わりだな。瞬、帰るぞ」

氷河は、それまで掛けていた椅子から立ちあがり、瞬の左腕を掴みあげた。
S・Y女史が、逃がしてなるかと、反対側から瞬の右腕をしっかりと掴む。

「瞬くん、そうなの?」
「え…あの……」

左右から腕を掴みあげられた瞬は、身動きもままならない。
結果、彼は、そのまま、その場に留まることになった。

「包み隠さず正直に…って、きゃわさんから言われてきたんでしょ? 言うこときかないと、きゃわさん、きっと、氷河なんか明日にでも殺しちゃうわよ?」

「そんなの駄目っっ!!」

S・Y女史のその言葉。
産みの親に、それと同じ言葉で脅されたからこそ、瞬はここにいるのである。

瞬は、氷河の手をきっぱりと振り払った。
氷河の命を守るためになら、瞬はどんなことでもするつもりだったのだ。たとえ、そうすることで氷河に嫌われてしまおうとも。

――瞬の決意は悲壮そのものだった。

今では“あの時”がどの時なのか理解した瞬が、はっきり大きな声で、S・Y女史に返答する。

「僕、涙は勝手に出ちゃいます。でも、失神はしたことありません」
「そんなことないわ。してるわよ、何回も」

ここでS・Y女史は、瞬が失神したことのあるきゃわの作品名を幾つか挙げたが、それはこの場では割愛させていただく。

「…………」


瞬は、必死になって、その時々の状況を思い出すべく努め始めた。
数分の後、彼はなんとか自分の記憶の糸を手繰り寄せることができたらしい。
少し頬を赤らめながら、彼は、小さな声で恥ずかしそうにS・Y女史に告げた。

「僕、回数を数えているうちに、あの……」
「回数?」

その単語を聞いた途端、S・Y女史の瞳がきらーん☆と輝く。
彼女は、突然、新たな疑問を思い出したのである。


「私、それも是非聞きたかったわ! ねえ、きゃわさんちの瞬くん。あなたの氷河のアベレージって、一晩何回くらいなの」

S・Y女史は、既に“妙齢の婦女子”という自分の立場を捨てている。
人間、真理の探究という神聖な人類の義務の前には、立場も地位も名誉も世間体もないのだ。


「あ…えと、えと、あの、僕、毎日ちゃんと数えているんですけど、最後まで数えきれたことなくて……」
「まあ、そんなに多いの! ええ、もちろん、憶えているとこまででいいわよ。何回?」
「えと、えと、あの、夕べは104回まで数えました」


がたたたたた〜〜〜っっっっ!!!!!!!!!!


瞬の答えに驚いたのは、S・Y女史よりも、当の氷河の方だった。


「しゅ…しゅんーっっっ!!!! おまえ、俺を化け物にする気かーっっっっ!!!!!!!」


椅子から転げ落ちたまま、氷河がインタビュールームに悲鳴を響かせる。
ここで『月に1回が限度かなぁ』と答えられても男の沽券に関わるが、いくらなんでも104回はやり過ぎ――もとい、言い過ぎである。

が、言った瞬の方は、自分が口にした言葉が他人にどう受け止められたのかを、全く理解していないようだった。
『僕はいつでも誠実で正直です。生まれてから1回も嘘を言ったことはありません』という態度で、床と仲良くなっている氷河に首をかしげてみせる。

「え…でも、ほんとだよ。けど、僕、夕べは、104回まで数えたくらいのとこで眠くなっちゃって……。60回目くらいのとこから、うとうとしてたんだけど」

「…………」

数え間違いにしても、桁が違いすぎる。
氷河は、瞬が、このおかしなインタビューのせいで混乱しているのだと判断し、懸命に気力を振り絞って床から立ちあがり、瞬の昨夜の記憶を正そうとした。

「おまえは、夕べは4回目で気を失った」

こうなると、自分たちの性生活の暴露など、恥でも何でもない。
人様に化け物と思われることに比べたら、どれほどマシかと、氷河は考え始めていたのである。

が、瞬は、氷河の言葉を言下に否定した。
「違うよ。僕、気を失ったりなんかしてない。数えるのに飽きて、眠っちゃったの」

「…………」

確信に満ちて断言する瞬に、こうなると氷河も何を言っていいのかわからない。
続く言葉を見失った氷河を思いきり無視して、S・Y女史は、冷静な態度で――氷河に比べれば、であるが――瞬に尋ねた。

「ねえ、きゃわさんちの瞬くん。その104回って何の数?」
「え……あの……」

ここまで赤裸々告白をしておいて、何を今更恥らうことがあろうかと思う向きもあるかもしれないが、どこか間違った恥じらいは、きゃわ宅の瞬の得意技である。






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