「……で? 原因は何なんだ?」 それでも、わざわざ自家用ジェットまで飛ばして帰国したのである。何もしないで帰るのも空しすぎると考えた一輝は、ラウンジの長椅子にどっかと腰を下ろして、青銅代表長髪男に尋ねた。 で、尋ねられた紫龍曰く、 「この馬鹿だ」 彼が親指で指し示した先に一輝以上の仏頂面をさらしていたのは、某雪と氷の聖闘士だった。 その仏頂面に一輝のそれとの相違点を捜すならば、氷河の目には後悔と苦渋の色がある――という点だったろうか。 「この馬鹿が何をしたんだ」 うんざりした口調で、一輝が尋ねる。 “この馬鹿”は、一輝の“この馬鹿”呼ばわりにも無反応。 氷河のこの無反応・無表情・無感動さを、そういえば瞬はいつも気にかけていたな――と、一輝は思い出すともなく思い出していた。 「それがなあ……」 無反応・無表情・無感動な上に無口な氷河の代わりに、紫龍がぼやくように言う。 「この馬鹿が瞬にひどいことを言ったらしくて……」 「……俺はただ、瞬が何故あんなに俺に優しくしてくれるのかがわからなかっただけだ」 紫龍の言う“ひどいこと”を、実際よりも“ひどい”ことだと思われるのを怖れたのか、それまで堅く口を閉ざしていた氷河が初めて口を開く。 「客観的に見て、俺は、我儘だし、無愛想だし、傲慢だし、瞬のように他人を思い遣ることもできないし、どう考えても他人に好かれるタイプじゃない」 自分を傲慢と言う男にしては――そして、平生は確かに、その無表情のせいで傲慢に見える氷河にしては――なかなか殊勝な言葉ではある。 そして、それは、翻れば、『瞬は優しいし、可愛いし、素直だし、俺と違って他人を思い遣ることのできる子で、誰からも好かれるタイプだ』という言葉だったろう。 そんなふうに誰にでも好かれるタイプの瞬が、到底他人に好かれるタイプではない自分に優しく微笑んでくれる訳がわからなくて、氷河は言ってしまったのだそうだった。 『おまえは、そんなに、誰に対しても親切な優しいいい子でいたいのか』――と。 あまつさえ、氷河は、『うっとおしいから、もう俺に構うな』というトドメの言葉まで吐いてしまったらしい。 ぼそぼそと面倒くさそうな氷河の状況説明が一通り終わると、紫龍が頭痛をこらえるような仕草を示しながら、無感動男をなじった。 「おまえは本当に馬鹿だ。阿呆だ。抜け作で、頓馬で、ボンクラの唐変木! 頭も悪けりゃ、顔もうっとーしい! 救い難い頓痴気だ!」 ここぞとばかりに罵倒の限りを尽くす紫龍に、しかし、氷河は反駁もしない。 かといって、いつものように無視・無関心を装うわけでもない氷河を見やりながら、星矢は目一杯情けない顔をして、一輝に泣きついた。 「一輝ー。頼むから、どーにかしてくれよー;; 瞬が暗いとさぁ、ここの雰囲気、最悪なんだよ。沙織さんもここんとこずっと聖域の方にいるだろ。瞬が自分の部屋に閉じこもって出てきてくれないと、あとはムサい男ばっかでさ。もー、寒々しいってゆーか、陰気臭いってゆーか、湿っぽくて、鬱陶しくて、サイテーサイアクの気分!」 気の違った真夏の太陽のごとく、城戸邸の聖闘士たちの中で最も能天気な星矢までがそう言うのを、一輝はある種意外な思いで聞いたのだが、その思いはすぐに消失した。 太陽は、その光を受けて喜んでくれる花がいてこその太陽なのである。陽の光を受けて微笑んでくれる花が存在しないのなら、太陽もまた、その存在意義を失ってしまうのだ。 だが。 太陽の嘆きはわかるのだが。 |