誰もが望みながら

〜丸木勇さんに捧ぐ〜







「ったく、最近の若い者は!」

うんざりした口調で吐き出すようにそう言い、氷河は寝台に仰向けに倒れ込んだ。
そんな氷河の様子を見やり、瞬が声のない笑みを洩らす。

「何がおかしい」
「氷河だって、見る人が見たら、まだまだ若い者の部類だよ。男が自分の顔に責任持たなきゃならない30歳まで、もう少しある」

そう言う瞬もまた、氷河と大して違わない“若い者”なのである。
しかし、瞬は、少なくとも外見は氷河よりずっと幼く見えた。
その瞳とその表情の深みに気付かない者の目には、10代の少年のように映るだろう。

「訂正。最近のガキときたら!」

「どうしたの。また、放り出すの」

『放り出す』とは、もちろん、その“最近のガキ”のことである。
このギリシャに送られてきた、星矢以来10数年振りの日本人の少年――聖闘士の卵――のこと。

氷河と瞬が聖域に居住するようになって、既に10年近い年月が経っていた。

グラード財団の構成員になるにしても、独立して何かをするにしても、おそらくは並以上の才能を発揮できただろう二人が選んだのは、最も人と時間に縛られずに済むだろう聖域での生活だった。
日本にいてグラード財団内の企業に席を置くよりは、はるかに自由な生活が、確かにここにはあった。

南欧の気候と南欧の時間の流れは、せせこましい島国のそれとはまるで違う。

アテナの支配する聖域では特に。
ここでは、時空を見詰める視点が、下界におけるそれよりも段違いに巨視的なのだ。



ここでの氷河の仕事は、瞬を愛すること以外には、聖闘士の候補として時折聖域にやってくる“子供”の力量を見極めることだった。
そして、瞬の仕事は、力不足と判断されて下界に戻る“子供”たちの失意に満ちた心を慰めること。

この10年間、だが、氷河の眼鏡に適う少年は一人も現れていない。

その事実に、だが、アテナも氷河も他の聖闘士たちも危機感や焦りを抱いてはいなかった。
それはこの地上の平和がまだ続くということなのだ。
聖闘士になる力量を持った少年たちが排出するということは、地上に嵐が近付いているということなのだから。




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