「……瞬。もしかして、その手を使ったのは、俺の方か?」

そんな卑劣な関係は願い下げだと断じて言葉を途切らせた瞬の横顔。
その横顔を見詰めていた氷河は、背筋にひやりと冷たいものを感じた。

瞬が、ゆっくりと、寝台の上の氷河に視線を戻す。
そして、彼は、やわらかな口調で、その優しい面差しからは想像もできないほど辛辣な言葉を口にした。

「母親や師や親友を失ったことで傷付いてみせて、孤独な振りをして、その弱さで僕に『自分を好きになれ』と脅迫した?」

「…………」

身に覚えが無いでもない。

寝台の脇に立つ瞬を無言で見あげた氷河に、瞬はゆっくりと微笑した。
氷河の枕元に腰をおろし、驚くほど自然な動作で、氷河の着衣を取り除き始める。

「氷河がその手を使わなかったとは言わないけど。それで氷河を好きになるほど、僕も馬鹿じゃない」

「じゃあ、何故」

「ここが素敵だったから」

氷河という男を形作っているものの中で、おそらくは心の次に、いつも瞬に求められることを希求している部位に、瞬が手を伸ばし、触れる。

冗談だとわかっていても、悪い気がしない自分自身に、氷河は内心で苦笑した。

「それはまあ、光栄至極な話だ」

優しさと穏やかさと妖しさの入り混じった瞬の瞳は、そんな氷河を見透かしたような微笑をたたえたままである。

「嘘だよ」

「嘘なのか」

わざと落胆してみせた氷河を、瞬がたしなめる。
言葉でだけ。
瞬の左の腕から先は、別のことに夢中になっていた。

「そんなふうに傷付いた振りをしてみせなくてもいいって話をしているのに……。そんなふうに傷付いた振りをしてみせなくても、僕は氷河が好きだし、氷河のここも好きだよ」


瞬の手の感触に、氷河は僅かに片目を眇めた。

瞬の白く細い指は、魔法のように氷河を変えていく。

瞬は初めから薄い上衣しか身につけていない(おそらく、午後になって氷河がここに戻って来るのを、瞬は待っていたのだ)

氷河は、何もすることがなかった。
こういう時の瞬は、自分で自分の身体を完璧な受容体へと変容させてしまう。
氷河は、瞬が彼を昂ぶらせてくれるのを待つだけだった。

否、本当は待つ必要もない。
瞬を見るという刺激だけで、氷河には十分だった。

それなのに、まるでそうすることが自分の義務なのだと言わんばかりに、瞬は、氷河の心でない部分を愛撫し続けている。

もうその必要はないから早く欲しいと訴えているものを――。






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