サーティ○ンで購入したハーフガロン×2のアイスクリームとスプーン1個を、近所の公園のベンチで、アイスボックスに改造した聖衣ボックスの中に収めると、紫龍は再び立ち上がった。

彼の背負った聖衣ボックスの中は、星矢の分のアイスクリームで既に空間の半分以上を占められていたが、味より量を求めるのが星矢だけだということを知っている紫龍は、さして不安は抱いていなかった。
聖衣ボックスには、4人の人間が普通に食べる量を収めるスペースさえ残っていれば、不都合はないのである。




「さて、次は瞬の分か」

瞬のアイスクリームに関しては、紫龍は、城戸邸を出る前から既に目星をつけていた。

ちょうど昨夜、『東京 美味い店巡り(デザート編)』なる雑誌を読んでいた瞬が、とあるぺージを眺めては、切なそうに幾度も溜め息をついていたのだ。

その店の住所を、紫龍はしっかりと控えてきていたのである。
さすが、5人の青銅聖闘士の中で最も思慮深いと評価される男だけのことはあった(参考文献:集英社発行 聖闘士星矢アニメスペシャル)

かくして、紫龍は、そのメモを頼りに電車に乗り、新宿新都心に向かったのである。



「ああ、ここだな。デザート工房“樹庵”というのは」

そうして紫龍が辿り着いた店は――。

白木のテーブル・白木の椅子、レースのカーテン・テーブルクロス。
『赤毛のアン』か、『キャンディキャンディ』、いっそ『若草物語』――な、超少女趣味、超オトメチック、超リカちゃんチックな某デザート専門店。

店内は、まるで引っくり返した宝石箱のように飾りたてられたデザートを忙しそうに運ぶウエイトレスたちと、そのデザートを嬉々として平らげていく婦女子で埋めつくされている。


「うむ。この店だ。間違いない」

いかにも甘党の瞬が切ない溜め息を洩らしそうなデザートの数々を垣間見て、紫龍は、確信に満ちた足取りで店内に足を踏み入れ――ようとしたのだが。


「申し訳ございません、お客様。当店では、女性同士か、女性同伴のお客様しか入店できない規則になっております」
というウエイトレスの言葉に、紫龍は入店を妨げられてしまったのである。

「なに?」

ウエイトレスの制止に、紫龍は戸惑った。ここがそんな店だということを、紫龍は全く知らなかったのだ。

(そうだったのか。俺としたことがなんと迂闊な……。瞬を連れて来るんだった…)

理論的には間違っているが、確かにそれで問題は解決できただろう。
しかし、この場に瞬はいない。


だからといって。
せっかくここまでやって来たのに、手ぶらで引き返すのは何とも無念である。

「そこをなんとかできないだろうか」
「規則でございますので」
「だから、そこを曲げて頼む」
「そういうわけには」


紫龍は本来、社会のルールには従う男である。
しかし、彼の人生において最も重要かつ意義のある概念は、ルールより正義、正義より友情、そして、“義”――だったのだ。
そのためになら、一命を投げ打つ覚悟さえ、当然のものとして彼の胸中にはある。
故に、紫龍は、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

「では、売ってくれるまで、俺はここを動かん」

かくして、紫龍は、義と友情のために、どっかと、店のドアの前に座り込むことになったのである。
ウエイトレスの困惑顔には少々胸が痛んだが、それより何より友情である。

「お客様に入店を許しますと、他のお客様にも許さなければならないことになって……」
「しかし、そもそも何故男は駄目なんだ。差別だと思うが」
「ですが、それが当店の“売り”でございまして…」
「とにかく、俺には、ここのデザートアイスを瞬に買って帰る使命があるんだ」

別にそれは使命でもなんでもないのだが、義に篤い紫龍にはそれはもう友に対する義務感を帯びた天命ですらあった。

慌てたウエイトレスは支配人を呼びに走ったが、無論、デザート屋の支配人ごときにあっさり説得されてしまうほど、紫龍の友情は薄っぺらなものではなかったのである。




紫龍が、デザート工房“樹庵”の前に座り込んで1週間。
紫龍の義の篤さに、デザート工房“樹庵”の支配人は、ついに根負けした。

「お客様には負けました。ご注文をどうぞ」

自分の友情が支配人の心を揺り動かしたのだと感動の涙を自覚しながら、紫龍は震える声で、デザート工房“樹庵”の支配人に自らのオーダーを告げたのである。

「有難い。では、その“お花畑でつかまえて”と“雪のプリンセス”、それから“秘密の花園”を頼む。持ち帰りたいのでテイクアウトできるようにしてくれ」

「…………」

ここで、『当店はテイクアウトサービスは行なっておりません』などと言えるものだろうか。
たかがデザートアイスクリームのために、一週間も座り込み抗議を続ける非常識と体力を持った男に対して。

デザート工房“樹庵”の支配人は、かくして、泣く泣くウェッジウッドのローズ柄の皿3枚に別れを告げることになったのである。






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