倒れた紫龍は夢を見ていた。 夢の中では、彼の仲間たちが、彼に向かって明るい笑顔を投げかけていた。 『あれぇ、紫龍。半年もどこに行ってたんだよー』 『ずっと帰ってこないから、心配してたんだよ、僕たち』 『俺の放浪癖が伝染ったのかと思っていたぞ』 『日本の夏は暑いから、五老峰に避暑にでも行っているのだと思っていたが』 それは、明るく眩しい悪夢――だった。 仲間たちは、紫龍にアイスクリームを買ってくるように頼んだことをすっかり忘れているのだ。 冷静になって考えると、それも道理である。 紫龍が城戸邸を後にしたのは8月。まだ夏の盛りだった。 だが、それから半年後の今は2月。日本では、一年でいちばん寒い季節なのである。 『あーあ、しっかし寒いよなー。こう寒いとあったかい肉まんが食いたくなるぜ』 『あ、僕、桃あんまんが好き』 『いや、やはり、焼き鳥まんだろう』 『何を言ってるんだ。じゃがバターまんがいちばん美味い』 それは、実は、紫龍が運び込まれた空港救護室の救護員たちの会話だった。 夢うつつの紫龍には、それが懐かしい仲間たちの声に聞こえていたのである。 ――紫龍が意識を取り戻したのは、救護室の簡易寝台の上だった。 紫龍の覚醒に気付いたらしい男性が一人、寝台の枕許に歩み寄ってくる。 「おお、君、大丈夫か」 「ご迷惑をおかけしたようです。申し訳ありません」 「いや、なにしろ、日本は真冬だからねえ。暖かい国から帰国したんだろ? 身体がびっくりしちまったのさ。よくあることだ」 「ご親切、痛み入ります」 紫龍は、何か勘違いしているらしい年配の救護員の男性に、深々と頭を下げ、謝意を告げた。 紫龍の胸中は、しかし、実際のところ、彼への感謝どころではなかったのである。 冬。 真冬。 今、日本は真冬なのだ。 アイスクリームを持って帰っても、おそらく仲間たちは喜ぶまい――。 「君の家は、どこなんだい? これから帰るとこ?」 歳の割りに礼儀正しい紫龍の態度に感心した様子で、救護員さんが親しげに尋ねてくる。 「あ、家は……」 家は、仲間たちの待つ場所である。 だが――。 長い沈思黙考の後、紫龍は、そして、決意したのだった。 仲間たちの喜ぶ顔を見るために。 「帰るのは後日……ということになりそうだ。俺はこれから中国に飛んで、美味い中華まんを手に入れなければならない……!」 仲間たちのために。 同じ時代に生を受け、生死を共にすると誓った仲間たちのために。 義と友情の男・紫龍は、新たなる旅立ちを決意したのだった。
Fin.
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