50メートルくらいの長さのトンネルは、崩れ落ちた岩盤のせいで、今はなんとか15メートルくらいの空間があるっきりだ。
その狭い空間に、
「あちゃー、雨宿り組、俺たちだけじゃなかったんだ」
という、生意気そうな方のガキの間抜けた声が木霊した。

「不可能とは言わないけど、岩盤が崩れ落ちる一瞬に一般人を抱いて外に飛び出るのは危険だよ。怪我をさせたらマズいし。――いや、怪我だけで済むかどうか……」
「素直に救援を待つか。いくら山の奥って言ったって、1日もあれば救援は来るだろ」
「そうだね」

相変わらず訳のわからねーことを言いながら、ガキの一人――シュン――が俺の側に歩いてくる。
真っ暗とは言わねーが、それに近い状態の闇の中でそれがわかったのは、奴等が自分たちのチャリのライトを俺の方に向けたからだった。
結構いいチャリらしい。必至こいてペダルを踏んでなきゃライトも点かねー安いママチャリとはものが違う。

で、瞬は俺に声をかけてきた。

「僕たちより先にいらしてたんですか?」
「ああ」
ぶっきらぼうに俺が答えると、瞬は半壊状態の俺のフォルツァSを見て、ぬけぬけと白々しいことを言いやがった。
「残念でしたね。でも、これがあなた自身でなくて良かった」
「るせーな! 俺の方がまだマシだったんだよ! 親父とお袋に頼み込んでやっと買ってもらったバイクだったんだ!」
「ご両親も、バイクよりあなたの無事の方を喜ばれると思いますけど」

落ち着き払って、シャコージレーなこと言うんじゃねーよ、ガキのくせに。
俺は、瞬のガキらしくねー敬語にカチンときた。

「てめーみたいなガキに何がわかる。そんなチャリンコとは値段が違うんだぞ」
「あなたの命の値段はそれより安いんですか」

このくそガキは〜〜っっ!!

「てめー、な…生意気なんだよ。ガキのくせに」
「お気に障ったのなら、お詫びします」
「ムカつくガキだな! べそべそ泣いてりゃ、まだ可愛げもあるのによ」
「すみません」

これが――これが、ほとんど人通りのない山ん中のトンネルに閉じ込められた中坊の言い草か!?
俺はむかっ腹が立ってしょーがなかったが、このガキをやりこめるセリフの一つも思い浮かんでこなかった。
くそ。こんなだから、2年も予備校生をやる羽目になってるんだ、俺は!

「瞬、そんなバカ相手にすんのやめろよ」
もう一人――セーヤとか言ったか――が、これまたクソ生意気なセリフを吐きやがる。

バカで悪かったな! ああ、どーせ俺はバカだよ! そんなことはわかってんだ。
けど、だからって、それをこんなガキに言われて、『はい、その通りでございます』なんて頷いてられるか!

瞬は仲間のご親切な忠告には何も答えずに、星矢の側に戻っていくと、小声で、相棒のガキに言いやがった。
「でも、震えてたから。不安がってるみたいだ」

震えてる? この俺が? ガキの貴様等が落ち着き払ってるっていうのにか?

……俺は、(悔しいが)それが事実だったから、ムッとした。
おまけに、瞬の相棒のくそガキが、それを聞いて、
「パパとママに甘やかされて育ってきたおめでたい奴なんだろ」
とほざきやがってよ。

「なにーっ! 貴様等、ほんとにクソ生意気なガキ共だなっ!!」

生意気なガキ共に我慢ならなくなった俺が手を振り上げると、瞬は、恐がる様子もなく、
「やめてください。体力を無意味に消耗することになりますよ」
だと。
こいつら、チビのくせに、なんでこう落ち着き払っていやがるんだ?
現状がわかってねーんじゃねーか、もしかして。
俺はそう思ったから、親切に教えてやったんだ。

「ふん。貴様等は知らねーみたいだがな。ここは、周遊道路の修復工事する時の資材置き場に通じてるトンネルなんだ。工事のない時期は三輪車1台通りゃしねぇ。落石に気付いて助けが来るのはいつになるかわかんねーんだよ。へたすりゃ、1週間も気付いてもらえねーかもしれねーんだ」

「…………」

さあ、バカなガキ共、慌てろ、泣きめけ! ――てゆー、俺の期待はまたスカッとハズされた。

俺はわくわくしながら、こいつらが慌てふためくの待ってたんだが、瞬はそれでも、少しも取り乱しやがらなかった。
「それは、本当ですか」
「あ……ああ」

慌てないガキ共に肩透かしを食った格好の俺を無視して、瞬は相棒の方に向き直った。

「星矢、そのリュックの中……」
「わりぃ。今日に限って、ポッキーとコアラのマーチとポポロンしか入ってねーんだ。あと、スポーツドリンク。ここ来た目的がアイスクリーム食って、鮎の塩焼き食って、ソバ食って、山菜料理食うことだったからさー」
「3人だと、2,3日が限度かもしれないな。空気の流れはあるから酸欠の心配はないとしても」
「いいことなのか悪いことなのかはわかんねーけど、天井のどっかに、亀裂が入ってるぜ。ここ、真っ暗じゃねーだろ? んで、これはいいことだけど、壁のどっかから湧水がある」
「そういえば、水の匂いがするね。雨とは違う匂いだ」

とかなんとか冷静この上ねーことをホザいてから、瞬は、こういう時のために携帯電話を持ち歩くべきだったのか……と、呟いた。
持ってたってブッ壊れちまったら何にもなんねーんだよ、俺のケータイみたいにな。

「僕たちが帰らなかったら、沙織さんたちが捜してくれると思うけど」
「俺だったら、2、3日ぶらぶらしてても捜しはしねーと思うけど、おまえが帰らなかったら、氷河が大騒ぎ始めるだろ」
「ん……。まずいな、氷河に心配かけることになる」

瞬の声が初めて落胆した感じ、だった。
ヒョーガってのは何だ? 人の名前か?
思いっきり無視されてぼへらっとしていた俺に、星矢が一瞬邪魔者でも見るような目を向けてきた。

「トンネルは50メートルくらいあったぜ。この空洞が15メートル弱だろ。反響から考えて西側の方が落盤が薄いような気がすっけど、そっちでも、10メートルは岩だらけだなぁ」
「普通の人がいるんだから、地道に少しずつ石を取り除いていくしかないけど、下手をすると取り除いたことで更に崩れる恐れもある」
「でも、やるしかねーだろ」
「そーゆーこと」

『普通の人』ってのは、もしかして俺のことかよ?
本当にこのガキ共は、自分たちを超人だとでも思ってやがるのか?
まあ、確かにこいつら、感受性は“普通”じゃねーよな。“普通”のガキなら、こんな時はパニクって、『ママー』とでも叫んで取り乱すはずだ。こいつらは、超人的にニブい。

まあ、俺を普通の人呼ばわりしてから、生意気なガキ共が取り掛かった作業は、とても超人のすることではなかったが。
やつらは、崩れ落ちている岩盤を少しずつ手で取り除き始めやがった。てゆーより、削り落とすっつーか、こそげ落とすっつーか、単に撫でてるだけっつーか。
岩は、俺が思ってたよりずっともろい質の岩らしくって、奴等の手でぽろぽろ土くれみてーに零れ落ちていったけど、んなこと何年続けたら、10メートル近い厚さで行く手を塞いでる岩盤を取り除き終わるんだよ!
石の上に3年座ってたって、石は温まるだけなんだぞ!


「バカか、てめーら。そんなことしても無駄だよ」
「そうかもしれませんが」

「無駄だからやめろっつってんだろ! 人の力でどうなるもんでもねーんだよ!!」
「ええ、でも、他にすることもありませんから」

「だったら、おとなしくしてやがれ。無駄に体力消耗すんなって言ったのはてめーだろ! んなことしてもなあ、外に出られるようになる頃には、俺たちは餓死してるんだよっっ!!」

俺の怒鳴り声はトンネルの中で反響して、終わりのとこだけが不気味に何度も繰り返された。

餓死。
この飽食日本でかよ? っとに、じょーだんじゃねーぞ!

忌々しい木霊が収まると、出来損ないの漫才みてーにタイミングよく、俺の腹の虫が鳴った。
ガキ共は笑いもしやがらねえ。

「最後に食事をとったのはいつですか?」
「昨日の夜の11時頃だよ」
かろうじてこれだけは無事だった腕時計を見ると、もう午後の2時を回ってやがった。
その間、水分しか補給してねーから、15時間も俺は何も食ってねー計算になる。

瞬がどう出るのかと、俺は固唾を飲んだんだ。
考えてみりゃ、ここで食い物を持っているのは星矢だけ。
俺はいざとなったら、こいつらをぶん殴って、星矢のリュックを奪い取らなきゃならねー。

が、恐怖にニブい超人様は、食いもんの独り占めを考えるアタマもないらしい。
「星矢、この人にポッキー、あげてくれる? 4分の1くらい」
瞬は相棒にそう言った。

「えー、こんな奴にー!?」
「星矢!」
星矢は思いきり不服そうだった。
そりゃ当然だ。俺が星矢だったら、俺だって不服だ。

「ちぇっ、俺だって、今朝朝飯食っただけなんだぞ」
「僕たちは我慢しなきゃならないんだよ、星矢」
瞬に諭されて、星矢は俺にポッキーを7、8本、差し出してきた。

俺はそれにかぶりつきたかったんだが。
差し出された食いものがすげーご馳走に見えたんだが。
瞬のお人好しぶりと偽善的なくれーご立派な行為とバカさ加減とが、涙が出るくれーありがたかったんだが。

「そんなにいい子ぶりてーんなら、1箱全部よこしやがれ」

俺は、つい、そう言っちまってた。
仕方ねーだろ。ガキのお情けでもらったポッキーごときをありがたがってなんかいられるか。カッコわりぃ。

「もちろん、全部差し上げますが、でも、少しずつです。長丁場になるかもしれないんだから」
「…………」

全部? 全部俺にくれるだと?
こいつ、本気で言ってやがるのか?
自分たちは何も食わなくても平気な超人だと?

「ちっ、こんなもん! 箱ごとよこさねーんなら、俺は食わねーぜ」

他にどうすりゃよかったってんだ。
ここでありがたがって、もらったポッキー食って、心を入れ替えてたら、出来のわりー幼稚園児の舞台劇だ。

俺は、星矢から渡されたポッキーを地面に投げ捨てた。

瞬は――瞬の表情は、ライトの影になっていて良く見えなかった。
ただ、相変わらず落ち着き払った口調で、瞬は言った。
「あなたのためにしているんです」
「余計なお世話だ!」
「……」
俺がぷいと横を向いてその場に座り込むと、瞬はそれ以上は何も言わねーで、またあの無意味な作業に戻っていった。





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