さて。 歌劇団設立は既定の事実となった。 差し迫った問題は、劇場こけらおとしの演目である。 男だけの歌劇などという目も当てられない舞台が避けられないものとなったからには、せめて、その演目だけでも、マトモなものをと願うのは人情である。 「せ…聖闘士星矢でも演るんですか? 僕たちにできるのはそれくらいでしょう?」 既に『どーとでもなれ』状態の星矢や、何を考えているのか、すっかりダンマリ状態の氷河、ショックが大きすぎて白目を剥いている紫龍たちとは違って、瞬は必死だった。 「そんな、デパートの屋上ショーじゃないのよ。もっと高尚にいくわ。せっかくシェイクスピアの時代に回帰した劇団なんだから、シェイクスピア劇のミュージカル化を考えているの。ロミオとジュリエットなんか、受け入れられやすいんじゃないかしら」 瞬の胸中には、星矢たちには感じ得ない、一つの悪い予感が巣食っていたのである。 「さ…沙織さん。高尚も何も、それはただのメロドラマでしょう」 それは、聖闘士中随一と言われた瞬の“可憐さ”故の予感だった。 「小難しい題材のものを演って、赤字を出す気はないわ。あなたたちのデビューには数百億の資金が動いていることを忘れないでちょうだいね。蔦葛歌劇団は、評論家に評価されるようなものじゃなく、大衆の求める出し物を打ち出していくの。大衆こそが最大の評論家よ!」 つまり、青銅聖闘士たちが追及すべきは芸術性などではなく、“儲け”ただ一つ! ということである。 青銅聖闘士たちの肩にはずっしりと“数百億の資金”という重荷が、(望んだわけでもないのに)のしかかってきているのだ。 しかし、今の瞬は、数百億の資金にも重荷にも関心はなかった。 瞬の関心事はただ一つ。 「……ジュリエットは誰が演るんですか?」 ということだけだったのである。 幸運は期せずして天から降ってくるものだが、不運は行く手に大きな口を開けてターゲットを待っているものである。 「まあ、瞬。ジュリエット役が気になるの? そうでしょうとも! ええ! ジュリエットは13歳の初々しい乙女なのよ? あなた以外の誰に演じられて?」 人は行く手に待ち受ける不運の穴が見えているのに、それを避けることができないのだ。 「蔦葛歌劇団の娘役トップは、最初から決まっているの。パンフレットにはあなたの写真がドアップで印刷されてるわ。頑張ってね、瞬!」 「…………」 たった今、瞬がその穴に足を踏み入れてしまったように。 |