氷の国のお正月’2004




西暦2003年が、あと数時間で終わろうとしていました。
ここは、とある高級料亭の厨房です。

年末はおせち料理の準備で大わらわでしたが、それもほぼ終わり、あとは、おせち料理の入った重箱を受け取りに来ていない最後のお客様を待つばかり。
何でも、そのお客様は大変なお金持ちで気難しいお客様らしく、毎年、自分で中身を確認してから、おせち料理の重箱を受け取っていくのだそうでした。

この春、この料亭に就職したばかりの新米料理人のおにーさんは、初めて経験する年末の目のまわるような忙しさが一段落したことに、ほっと安堵の息をついていました。

先輩たちはもうとっくに帰宅して、今頃は家族と一緒に年越しそばを食べている頃でしょう。
『どうせ一人暮らしの侘しい正月ですから』と言って先輩たちを先に帰し、おにーさんはたった一人で、最後のお客さんがおせち料理を受け取りに来るのを待っていたのです。
年越しそばの代わりに、近所のスーパーで買ってきた、10個298円のおみかんを食べながら。

数時間前までは、おせち料理の最後の仕上げにてんてこ舞いで大騒ぎしていた厨房も、今はひっそりと静まりかえっています。
そんな厨房のどこからか──おにーさんの耳に突然聞こえてきたものがありました。

「あーん、あーん、あーん」× 15
それは、小さいけれど、妙に賑やかな泣き声でした。

「変だな? ご主人と俺以外は、みんな家に帰ったはずなんだけど……」
不思議に思った新米料理人のおにーさんが、泣き声のする方に行ってみると。
これはいったいどうしたことでしょう。
厨房の調理台の上で、15人の小人たちが、それはそれは盛大に泣いていたのです。

「こ……小人さんたち、どうしたんだい?」
おにーさんが尋ねると、小人たちは口々に言いました。

「僕たち、とってもとってもビンボーで、せっかくのお正月なのに、お餅の準備もできなくて、お雑煮が食べられないのー」
「おせち料理も買えなくて、お正月に何を食べたらいいのかわからないのー」
「冬の定番のおみかんもないのー」

「あーん、あーん、あーん、やわらかいお餅の入った、甘いお汁粉が食べたいよー」
「あーん、あーん、あーん、かまぼこはいらないけど、栗きんとんは食べたいよー」
「あーん、あーん、あーん、おこたの上におみかんがないなんていやだよぉー」
「あーん、あーん、あーん !! 」× 15

「小人さんたち……」

何ということでしょう。
こんなに可愛らしい小人さんたちが、せっかくのお正月に食べるものがなくて泣いているなんて。

新米料理人のおにーさんは、あんまり悲しくて、思わず貰い泣きしてしまいました。
そして、ついつい、
「ああ、小人さんたち、泣かないで。ここに、お餅とあんこと栗きんとんとおみかんがあるから、持っていっていいよ」
と言ってしまったのです。

それは、今年最後のお客さんに渡さなければならないお餅とあんこと栗きんとんだったのですけれども。

おにーさんのその言葉を聞いた小人たちは、ぴたっ☆ と泣くのをやめました。
そして、つぶらな瞳でおにーさんを見上げて、尋ねました。
「えっ、ほんとにいいの?」
「ああ、こんなに可愛い小人さんたちが、お正月から泣いてるなんてことはあっちゃいけないよ」

「わーい、おにーさん、ありがとー !! 」× 15
小人たちは、それはもう大喜び。

小人たちは、親切なおにーさんにお礼を言うと、お餅とあんこの入ったパックと栗きんとんのパックとおみかんを抱えて、ダンスのステップを踏むように軽やかな足取りで、どこかに消えていってしまいました。