長屋に春がやってきた!




「こんにちは〜」

春まだ浅き3月。
花のお江戸の貧乏長屋住まいのクマさんの家の扉の前で、聞き覚えのない男の声がしました。

「誰でぇ、こちとら、昼になっても食うもんがなくて、いらいらしてるってのに!」
ぶつぶつ言いながら、クマさんが、怪我をした右足を引きずって家の戸を開けると、そこには見知らぬ男が一人立っていました。

随分と体格がよくて、顔の方も男前ですが、どこか緊張感のない風情の男です。

「今度、隣りに引越してきました、岡っ引きの氷河と申します。引越しのご挨拶に伺いました〜」

その男が、やはり緊張感のない声で挨拶をして、ぺこりとクマさんに頭を下げてきます。
そういえば、今日は朝から隣りがにぎやかだったと、クマさんは今更ながらに思いました。
クマさんは、てっきり隣りの空き家に猫でも入り込んで騒いでいるのだろうと思っていたのですが、どうやらそれはこの男の引越し作業の音だったようでした。

「ああ、そりゃ、ご苦労さん。ここは、おんぼろ長屋だけど、住めば都と言うからな。こっちこそ、よろしく頼まぁ」
「北の国から来た田舎者ですんで、何かと気のきかないこともしでかすでしょうが、よろしくお願いいたします」
「腰の低い岡っ引きさんだねぇ。ろくなもてなしもできねぇが、まあ、そこに座んな」

「いいえ、お構いなく。あの、それから――」

そう言って、氷河と名乗る男が、着物の袂に手を差し入れるのを見て、クマさんは横に首を振りました。
「ここに引越してくるからには、あんたの暮らしも楽じゃないんだろ。手土産なんかはいらねぇぜ」
「あ、いえ、違うんです。ほら、おまえたち、出ておいで」

氷河がそう言うと――何ということでしょう。
彼の着物の袂から、懐から、帯の間から、丈の短い絣の着物を着た小人たちが、わらわらわらと飛び出してきたのです。

「こんにちは、今日からお世話になりまーす! 僕、1号です」
「2号です」
「3号です」
「4号です」
「5号です」
「6号です」
「7号です」
「8号です」
「9号です」
「10号です」
「11号です」
「12号です」
「13号です」
「14号です」
「15号です」


「よろしくお願いしまーす!」× 15







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