さて、そんなある日のこと。

団子屋のおじさんが、ふいに、『今度の縁日に、謝恩半額セールをしてみたらどうだろう?』と提案してきたのです。
それは、だんご作りしか能のないおじさんにしては、とても珍しいことでした。
半額セールは、もちろん赤字覚悟の大サービスですが、おじさんは、それくらいは構わないと思うくらい、毎日お店に来てくれるお客さんに感謝していたんです。

9号は、でも、おじさんに言いました。
「お客さんに感謝してるおじさんの気持ちはよくわかるよ。でも、それはやめた方がいいね」
「だ……駄目かい?」
「うん……。こないだ、半額セールで業界売り上げトップを走っていた馬苦度屋さんが潰れたばかりだからね」

「…………」
9号の言葉に、おじさんは、ちょっと複雑な面持ちです。

そうなのです。
小人たちが来てお店が繁盛するようになる以前、ずっとずっと長いこと、おじさんは、いつもお客さんで賑わっている馬苦度屋さんを羨んでいたのです。
半額セールで、同業他社を圧倒し、周囲の店を廃業に追い込んでいった馬苦度屋さんは、けれど、値段を元に戻した途端に売り上げががっくり落ちて、つい一ヶ月前に倒産・夜逃げ、今はどこぞの貧乏長屋住まいという噂でした。

「あの商売の方法は、あながち間違いじゃないんだよ。今の時代には、独禁法なんてのもないし、元の値段に戻しても、お客さんが食べたいって思うくらい、おいしいものを売ってたら、馬苦度屋さんの目論見は成功していたと思う」
9号のセリフは、少々時代考証を無視してましたが、おじさんは、そんなことには気付きませんでした。

「おじさん。おじさんのお団子はおいしいよ。でも、半額セールなんてしたら、今よりもっともっとお客さんが詰めかけて、おじさんは、ほんとに寝る間もないくらい、お団子を作り続けなきゃならなくなるよね。人間の気力や体力には限界ってものがあるから、そうなったら、いくらおじさんでも、今と同じだけおいしいお団子を作り続けるのは無理だと思う。それはさ、おじさんにとっても、お客さんにとっても、不幸なことなんだよ」

「おじさんのお団子がおいしくなくなったら、僕、やだーっっ !! 」
「僕もやだー!」
9号の言葉を聞いた他の小人たちが、口々におじさんに訴えます。
そう。9号の言葉を簡単に言うとそういうことなのです。

「おじさんが欲しいのは、ほんとはお金なんかじゃなくて、『おいしい』って言ってくれるお客さんの笑顔でしょ。そのために、自分がすべきことが何なのかを見誤っちゃいけないよ」
貧乏生活が長かったので、9号は幼いながらも人生の達人です。

9号の言葉に、おじさんは深く深く頷きました。
「9号ちゃんの言う通りだ。安いから喜んでもらうより、うまいから喜んでほしいよ。おじさんも、職人だからね」
「うん。今の、1串4文は適正価格だと思うよ」

おじさんがわかってくれたので、9号も他の小人たちも、ほっと一安心です。

9号は本当は、たとえ5文に値上げしたって、おじさんの団子なら売れると思っていましたが、よそのお店と同じ値段で、よそのお店よりずっとおいしいものを売ってるからこそ、今の繁盛があることもちゃんと知っていたのです。







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