「……そんなことでおまえを幸せにできるのなら、もっと早くそう言ってやればよかった」
氷河は、後悔の念にかられながら、ぽつりと呟いた。

瞬が、氷河の言葉に、小さく左右に首を振る。

「でも、間に合わなかったわけじゃないから……。氷河はちゃんと間に合って、僕を幸せにしてくれたから」

「…………」

それにしても遅すぎた――と思う。
もっと早く気付いていたら、瞬にそんな心痛を抱かせることはなかったのかもしれない。
それどころか、瞬がしゅんになる必要さえなかったのかもしれないのだ。

氷河の苦い悔いに気付いて、瞬は微笑した。

「生きている限り、遅すぎるってことはないの。氷河は氷河のお母さんをもう失ってしまったけど、氷河のお母さんから貰った愛情を、他の誰かに注いであげることはできるでしょう? 僕も――その愛情をもらってるよね。僕は、氷河のお母さんに感謝しなくちゃ」

氷河は、そう言って微笑む瞬に返す言葉を見付けられず、だから、言葉の代わりに、しっかりと瞬を抱きしめた。
もしかしたら瞬は、自分よりもずっと深く、あの氷の海に沈んでいる哀しい女性を愛してくれていたのかもしれない――と思う。
瞬は誰よりも――誰よりも、人を愛するということを知っている人間なのだ。


そんな瞬に出会えたことが、そんな瞬と同じ時を共に生きられることが、そして、愛されていることが、氷河には、まるで永遠の海の底でひっそりと眠っている一粒の真珠を拾いあげる奇跡のように思われた。





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