「瞬。何やら機嫌が悪そうだが、欲求不満か」 「そうだよっ!」 「…………」 花にも星にも例えられ、その可憐さと、決して失われることのない処女(オトメって読んでね)の恥じらいを武器に、全聖闘士中最強の名を欲しいままにしてきた瞬の、恥じらいもクソもない怒声に、紫龍は思いきりびびった。 「あー、そりゃまたどーして」 「そりゃまたどーして !? どーして、そんなことを訊けるのか、僕の方こそ訊きたいよ! 僕が欲求不満になる理由なんか一つしかないじゃない!」 「…………」 どうにかして瞬の“欲求不満”を精神的なものに、せめて物欲的なものに仕立てあげようとして、わざと発せられた星矢の愚問は、瞬の一言のもとに肉体の次元に堕とされた。 こうなったら、紫龍も星矢も本音でいくしかない。 「あー、それはつまり氷河が……」 続く『夜のお勤めを怠っているせいなのか』のセリフを、幸か不幸か、紫龍は口にせずに済んだ。 ラウンジに、氷河が姿を現したからである。 突然、不自然が土下座をして這いずれまわるほど自然に、瞬はにこやかになった。 そして、今にも開かんとするバラの蕾のごとき微笑を、瞬は氷河に向けた。 「おはよう、氷河」 「ん」 「今日も爽やかないい天気だね。9月に入ったら、急に秋になったね」 「ん」 「あ、僕、今日はこれから美術展に行くんだ。芸術の秋だから。じゃあね」 「ん」 瞬は、氷河が現れるまでの不機嫌をおくびにも出さず、終始にこにこしたままで、極めて自然な足取りでもってラウンジを出ていった。 5秒後、ラウンジのドアが、アテナ神像も崩れ落ちんばかりの轟音を響かせて閉じられる。 ドアの向こうの瞬の表情を察しただけで、星矢の身体は、メデューサの顔を直に見てしまった不幸な小リスのように凍りついた。 しばらくしてから、少し自然解凍された星矢が、身体にまとわりついた霜を振り払いながら、どこか生気のない氷河に尋ねる。 「こ……こえーっっ! おい、氷河、おまえ、いったい何やらかしたんだよ」 「いや、別に」 「いや別に、なはずねーだろ!」 「そうだな……」 氷河の方は、既に身体の芯まで凍てついているのか、はたまた、本当に瞬の怒りの訳がわかっていないのか、名もない雑兵並みに手応えがなかった。 |