花に降る雪

〜なごやんさんに捧ぐ〜






それが紫龍の許に届けられたのは、バレンタインデーの朝だった。

「何だ、これは?」
と、紫龍が怪訝な顔をしたのも当然のこと。
それは、彼にはおよそ似つかわしくない代物だったのだ。

送り主は、五老峰にいる春麗。
送られてきたものは、『JE REVIENS』と銘の入った小さな香水の壜。
パリモードを支配するクチュリエの始祖フレデリック・ウォルトの創った、『比類なき完成品』と呼ばれる名品中の名品である。

紫龍の手にあるボトルを覗き込んだ氷河は、その銘を見て、薄く笑った。
「ああ、『ジュ ルビアン』ってのは、『再会』って意味で、そいつは、その匂いを嗅いだ奴は必ず再び自分の許に戻ってくるっていうんで有名な香水だ」

氷河の説明を受けて、瞬が、こちらは実に素直な微笑を浮かべる。
「今日はバレンタインデーだから、きっと、チョコレートの代わりでしょう。紫龍、春麗さんを放っておきすぎたんだよ」

「…………」
瞬にそう言われて、紫龍は実に複雑な面持ちになったのである。
春麗の立場を考えると、まさか、春麗より“氷河×瞬”の方が面白くて日本を離れられないのだと、ここで公言してしまうこともできない。

「しかし、この俺に香水なんか……。しかも、これは女性用だろう」
昨今、香水に関して、男性用か女性用かということは、ほとんど誰も気にしなくなってきているのだが、紫龍には、妙なところで日本男児の気概というものを重んじるところがあった。

瞬が、そんな紫龍に微笑ましげな眼差しを向ける。
「使ってほしいんじゃないと思うよ。春麗さんは、自分のところに、その香水を紫龍に届けてほしいんじゃないの? 香水の名前に春麗さんの思いが込められてるんだよ」

瞬が自分以外の男にそんな眼差しを向けるのが気に入らなかった氷河の口調が、瞬とは対照的に嫌味の度合いを増す。
「貴様には、香水より香の方が似合いだ」
「そうだね。フランスやイタリアの香水なんかより、紫龍にはお香の方が似合ってるような気もするよね」

「…………」

単に、『貴様は抹香臭いからな』と言ったつもりだった氷河としては、裏を探ることを知らない瞬のその言葉に、少しばかり空虚な笑みを返すことしかできなかったのである。






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