「こんなに長い間、僕の代わりを見付けようとして、何をしていたの」

やっと抱きしめることのできた瞬が、運命の腕の中で最初に口にした言葉は、随分と下世話なものだった。

「……運命の相手に焼きもちを焼くのか」
「妬くよ。当たり前じゃない」

答えに窮した氷河が、同じ質問をしてその場を逃れようとする。
「おまえは、俺の代わりを見付けようとは思わなかっ――」 

代わり――。

言葉にしてから、瞬の言葉が下世話なものなどではないことに気付く。
自分がそうしていたように、瞬が、逃げ出した臆病者の代わりを求めて、他の誰かに慰めを求めていたとしたら――。
考えるだけで、氷河はぞっとした。


「瞬……」

「雨、止まないね……」 
「瞬……!」

窓の外に視線を投げて、話をはぐらかそうとする瞬に、氷河は掠れた悲鳴をあげた。
困ったような顔をして、瞬が視線を氷河の上に戻す。

「僕が、そんなに弱い人間じゃないことくらい、氷河、知っているでしょう」

瞬が窓の外の雨に視線を投げたのは、臆病者を責めないためだったらしい。

「俺と違って……」

安堵する自分を、勝手な男だと思う。
だが、瞬の強さを今ほど有難く思ったことは、氷河はこれまで一度もなかった。

「僕と一緒にいたら、きっと強くなれるよ」
「どうだかな」

氷河は、自分の腕の中にいる瞬の瞳を覗き込みながら、その言葉に苦笑した。
苦笑でも、笑みは笑み――である。
それでも、瞬の側に戻ってきたことで、氷河には力が戻り始めていた。

「なれるよ。僕が氷河を守ってあげるから」

『それでは、俺はますます弱くなっていく』
と言いかけて、だが、氷河は思いとどまった。

そうではないのかもしれない。
確かに、瞬は人に抱かれながら、その相手を守り強くすることのできる人間なのかもしれない。


大地に降り注ぐ慈雨のように、大地に染み込み、飲み込まれ、それでも、大地を潤しているのは雨の方なのだ。



雨がいよいよ強くなってくる。

温もりと力を求めて、氷河は自分の運命と未来とを力の限りに抱きしめた。





Fin.







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