「瞬、おまえは生きていたくないのか」
「え」
「生きていても楽しいことがないのか」

氷河の言葉に、瞬が首をかしげる。
「楽しいこと? ないこともないはずだけど……咄嗟には思いつかないね……。やっぱり、ないのかな……」

「…………」

氷河は、瞬の返答に泣きたい気分になった。
同時に腹立たしかった。

瞬がそんなふうでいてはいけない。
氷河にとって、瞬は幸せでいるべき人間だった。
幸せになるべき価値のある存在だった。
瞬は、そうなって当然なだけの辛酸を嘗めてきたのだ。
闘いなど嫌いな瞬が、闘うことを続けてきたのは、瞬自身の我欲のためではなかった。

無論、苦労や努力は必ずしも報いられるものではない。
それは、氷河がこの1年間を通して実感したことだった。

だが、瞬は報いられなければならない。
瞬は幸せでいなければならない。

――それは、瞬を恋する男が作り出した身勝手な法則だったかもしれない。
だが、その法則が成立しない世の中は、氷河には守るべき価値のない世界だった。






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