「もう少し、愛想良くしてあげたらいいのに。進行に困ってたみたいだよ、てちゃ子さん」 「おまえ以外の奴に愛想を振り撒く気はない」 「僕にだって無愛想なくせに」 「そんなはずはない」 番組の収録は夜の9時には終わった。 瞬の提案で、俺たちは局の近くにあったティーラウンジに入った。 芸能人も数多く出入りしているのだろうティーラウンジで、しかし、やはり俺たち一行は人目を引いていた。 それはそうだろう、ここまで美形揃いの集団など、それこそテレビの画面の中でしか拝めるものじゃない。 「入場料だってね、やっぱり取り過ぎだと思うの。収支を考えると、うちの舞踊団は儲けすぎてるよ」 「経費と収益だけで考えるな。ゴッホの絵だって、費用だけで考えたら2万円で買える」 瞬の意見には賛同してやりたいが、こればかりは主宰の主張の方が正しい。 瞬は、自分の作品の芸術性というものを過小評価しすぎている。 天才という自覚のない天才らしいと言えば、そうとも言えるのだが。 「それに金は必要だ。優れた作品がいつも評価されるとは限らないし、いつも興行的に成功するとも限らない。俺は、おまえの発表したい作品をいつでも発表できるように、資金だけは確保しておく」 「……ありがとう」 「礼を言われる筋合いはない。おまえは、俺の育てたドル箱だからな」 「うん」 自分が金儲けの道具だと言われたようなものだというのに、瞬は主宰に微笑を向ける。 俺とフレアは、無言で視線を交わし、肩をすくめ合った。 主宰と瞬がどこでどうやって知り合ったのか、俺は知らない。 ともかく、まだ若いというより幼かった瞬の才能を見い出した主宰は、係累のなかった瞬を手許に引き取ると、その才能を伸ばすためのあらゆる教育を瞬に受けさせてやったらしかった。 主宰も、今ほど金を持っていたわけでもないのに。 むしろ、当時の主宰は、駆け出しのフリーのダンサーに過ぎなかった――と聞いている。 すぐに実力を認められ、あちこちの劇団や舞踊団から客演依頼が殺到するようになったらしいが、それで得た出演料のほとんどを費やして、瞬を学校に行かせてやり、フランス留学までさせてやったというんだから、驚いた話だ。 無論、主宰の見る目は確かで、だから今のキグナス舞踊団の成功がある。 瞬が振り付け師として使えるようになると、主宰はとっとと現役を退き、今の舞踊団を結成して、主宰自身は舞踊団のオーナー兼プロデューサーにおさまった。 瞬も、その恩があるから、この我儘で横暴な主宰の許を去ることができないでいるんだろう。 そして、瞬がいる限り、世界中からウチの舞踊団にダンサーは集まってくる。 恩は、すべて返済し終わったように、俺には思えるのだが、それでも瞬は主宰の許を去ろうとはしない。 主宰は、瞬を繋ぎとめておく恩という鎖が消えてしまった頃に、おそらく今度は瞬に恋を仕掛けて、自分の許に引き止めるという手に出たのだろう。 普通に考えたら、あのエゴイストに恋などできるはずがない。 それは見せ掛けの仕組まれたものに違いないのに、瞬にはそれがわからない――のだろうと思う。 瞬は、幼いうちにヒカルゲンジに引き取られて、そのまま彼の妻にされてしまったワカムラサキのようなものなのだ。 世間も知らず、自分の才能の価値もわかっていない。 主宰の側を離れることは不安でしかなく、自分は主宰の側でしか生きていけないと思い込まされている――のだ。 主宰がセルゲイ・ディアギレフに例えられていることも、瞬のためには良くないことのような気がする。 彼の許を去ったワスラフ・ニジンスキーの悲惨な末路を考えれば、瞬には、主宰の許を去る勇気も湧いてこないだろう。 瞬はニジンスキーとは違うのだが。 瞬が主宰の許を離れるというのなら、舞踊団のダンサーのほとんどが主宰よりも瞬を選ぶと思うのだが。 俺がそうぼやくたび、俺と同時期に入団したフレアは、 「でも、やっぱり、主宰と瞬は一緒にいてくれた方が有難いわ」 と言う。 「瞬の才能はもちろん、誰もが認めるところだけど、瞬は世間知らず過ぎるわよ。主宰がいて、対外的なことをそつなく片付けてくれるから、瞬だって、自分の活動に専念できるんでしょう。主宰は瞬の才能を誰よりも知ってる。どうすれば瞬を生かせられるかを、誰よりもよく知ってるのよ。他のプロデューサーと組んで、瞬がその才能を生かせ続けられるかどうかは怪しいものだと思うわ。下手に利用されて、才能をすり減らされる危険だってあるんだから」 「俺が踊りをやめて、プロデュースの仕事をしてもいい。瞬のためならそれくらいは……」 「やめてしまえるの? 踊ること」 「…………」 改めてそう問われると、俺も答えに詰まる。 主宰にできたことが、俺にできないはずはないと思うのだが、踊ることをやめるのは、俺にとっては、これまでの二十数年間の自分の人生を捨てることでもあるのだ。 俺は主宰とは違う。 金とダンスのどちらかを選べと言われたら、踊ることの方を選ぶだろう。 いや、本当にそうだろうか。 今、そんなことを考えてしまうのは、俺が自分に与えられた大役を踊りこなせるかどうか、自信を持てずにいるからなのかもしれない。 俺は、自分でもわからなかった。 |