南の夜の夢


〜 みしぇさんに捧ぐ 〜






中秋――つまり、陰暦8月15日の夜に雨が降って、今年は中秋の名月を見ることができなかった。
それがそもそもの始まりだった。


「中秋の名月の代わりに、月食が見たいな、僕」
と、冷静に考えてみれば、まるで脈絡のない言葉を、瞬は呟いた。

場所は城戸邸、彼の部屋。
時は、雨のあがった中秋の翌朝。
隣りには氷河がいた。

その言葉を口にしてから、ちらりと視線を氷河に向ける。
瞬の視線を受けた氷河は、おもむろに、瞬の告げた言葉の論理性の無さをくどくど説教し始めた。
そして、
「だいたい、今度日本で月食が見られるのはいつなのか、おまえ、知っているのか」
と尋ねてきた。

尋ねられた瞬が、ひょこんと肩をすくめる。
瞬の言ったそれは、知らないからこそ口にできた“望み”だったのだ。

「知らないなら教えてやろう。3年後の5月だ」
天文マニアでもないのに、すぐそんなセリフが出てくるあたり、氷河もどこかおかしい人間ではある。

瞬としても、それは話のための話であり、本気でそんなことを望んでいたわけではなかったのだが。






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