「白い肌の人は神の使いだから、大切にもてなします。島に平和を授けてください――だって。どう? 今度はつまらなくなんかないでしょう?」

瞬の通訳に、氷河は、しかし、肩を僅かにすくめただけだった。
「マヤの次は、インカやアステカの伝説か」
「でも、救助が来るまではお世話になるしかないでしょ」 
「見つけてくれるといいが」

氷河のぼやきに、切迫感や危機感はまるで感じられなかった。
彼は、この島の遺跡に俄然興味を抱いていたのである。

エジプトのものに比べれば、規模はかなり小さいが、相当の技術で建設されたとおぼしき神殿ピラミッド。
氷河と瞬に与えられた住居は、その横にある、城と言って差し支えないほどの規模を持った建物だった。
これまで誰かが住んでいた形跡はないが、生活のための設備は整っている。

察するに、いつか訪れる神の使いのために建築され整備されていた建物なのだろう。
神殿ピラミッドがあるということは、宗教があるということなのだ。

氷河と瞬の前に現れた少女は、神の使いの世話を島の治世者たちに命じられてやってきたのだそうだった。
彼女の他の住民が姿を現さないのは、聖なる神の使いを畏怖しているため。

少女は、現れた神が二人だったことを――つがいの神だと思い込んで――、ひどく喜んでいた。
巫女というのではないらしかったが、もし現れた神の使いが一人だけだったなら、彼女は神の使いとの性的同化を義務づけられていたのだろう。
少女には、心を寄せる青年がいるらしかった。


氷河と瞬が二人であったが故に、純粋に神の使いの訪れを喜べることになった少女は、甲斐甲斐しく二人の世話をしてくれた。
食べ物から着替えから――氷河は身に着けるのを拒んだが――全てが提供され、もともと娯楽と言えるようなものに関心の薄い氷河たちが、生活面で不足を感じることはなかった。

少女から聞いたところでは、この島に、神の使いが訪れるのは数百年ぶりのことらしい。
つまり、この島の住民は、数百年に一度この島を訪れる遭難者以外に外界からの訪問者を迎えたことがないらしかった。

陸から遠く離れているというよりも、他の人間社会から隔たっているという意味で、まさにこの島は“絶海”の孤島だったのだ。


氷河が望むと、少女は、神殿ピラミッドの中も案内してくれた。

ピラミッドの前には大きな広場があり、その横に、瞬たちに与えられた石造りの城が建っている。
島民たちは、神殿を遠巻きにして建てられた質素な家に居住しているということだった。

島の中がひっそりと静まりかえっているのは、神の使いの気に障ることがないように島民たちが外出を控えているせいでもあったが、もともと数日後にある祭りに備えて、潔斎の時期に当たっているから、らしい。

「祭りに先立って、神の使いを迎えることができるなんて、光栄の極みです」
と、少女は、氷河たちに神妙な顔をして恭しく頭を垂れた。






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