「ヒロインとくっつくとこもさー、えーと、何だったっけ?」
「『食事を一緒にどうだい?』」
「そーそー、そんで、食事に誘われた女がさー、『この時間じゃ、どこのレストランも閉まってるわ』とか何とか答えたらさ、『もちろん、今夜のディナーの次の食事のことだよ』で、次のシーンじゃ、もうくっついちまってるんだぜ! アメリカ人って、わっかんねーよなー」

「ははははは」
全く、本気で、心の底から解せないでいるらしい星矢の様子を見て、紫龍が気の抜けた笑い声を響かせる。
紫龍とて、その手の映画の“お約束”としての展開は心得ているのだが、それは彼にも実感できるようなセンスではなかったのだ。


「で、俺、興味を持ったわけさ。同じ金髪男でも、おまえはあーゆーのとは違うだろ? おまえ、何て言って瞬を口説いたんだよ」

論集から目を離さずに、氷河がうっとおしそうにぼやく。
「忘れたな」

「ふーん、物覚えが悪いんだ」
「残念ながら、俺はいつも今の瞬のことしか考えてないんでな」

氷河の口からさりげなく出てきたそのセリフに、瞬が、ぽっ☆ と頬を染める。

言葉にこそしなかったが、しかし、星矢同様、氷河の口からそんな気の利いたセリフが出てくることはあるまいと思っていた紫龍もまた、驚いて顔をあげた。

それが、星矢の挑発に応じて出てきた買い言葉なのだということに、星矢だけが気付いていない。まさに蛙の面に何とかだった。

「瞬は憶えてるだろ。まさか、一緒に朝飯を食おうなんて言われたわけじゃないよな? 好きとかアイシテルとか言われたんだろ?」

氷河をちらりと横目に見てから、瞬がまだ少し耳朶を染めたままで、左右に首を振る。
「氷河はそんなこと言わないよ」
「言わないって?」
「僕、氷河にそんなこと言われたことない」

それは、星矢にとっては、信じ難い――というより、ありうざるべきことだった。
誰かを好きになったら、正面から好きだと告げて、相手の返事が好意的なものだったら、そこからオツキアイが始まる。
それがレンアイというものなのだろうと、星矢は堅く信じていたのだ(恋愛音痴のくせに、である)。

「でも、最初は誰だって、言葉から入るだろ」
「そういうものかもしれないけど、氷河は違った」

「まさかとは思うけど、ヤるとこから入ったのかよ」

星矢が嫌そうな顔になるのを見て、瞬はくすくすと小さな笑い声を漏らした。
「そんな感じ」

実は、瞬は、その時、氷河に急に抱きしめられ、『いやならいやと言え』と要求されたのだった。
その時以来――無論、それ以前も――、瞬は一度として氷河に歯の浮くようなセリフなど貰ったことがなかった。


「……そんなんありかよ」
瞬の返答を聞いた星矢が、思い切り顔をしかめる。

星矢と瞬のやりとりなど聞こえていないような顔をして本のページを繰っている氷河を見る星矢の目付きが、ケダモノを見るそれに変わった。






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