1週間後の夜のことだった。

懲りずに瞬の部屋に赴き、またしても瞬から『No』の返事をもらってしまった氷河は、
「瞬、お預け期間が長すぎると、いくら俺でも浮気するぞ」

氷河の質の悪い冗談に、瞬から、質が悪いどころではない答えが返ってくる。
「いいよ、別に」

「なに?」
「氷河がそんなにしたいのなら、他の誰かとすれば。僕、気にしないから。あんなこと、ただの生理現象だもの。相手が僕でなくても氷河の用が済むなら、そうすれば」

瞬の返答に、氷河は、思い切り神経を逆撫でされてしまったのである。
相手が瞬でなければ用が済まないから、無様と知りつつ、毎夜瞬の部屋に押しかけてきている男に対して、瞬は何を言っているのだろう。


今夜も、あの馬鹿馬鹿しいパジャマを身に着けてベッドに腰をおろしている瞬を、氷河は下目使いに睨みつけた。

「瞬。おまえ、健康なんだな」
「見てわかるでしょ」
「俺が嫌になったわけでもないんだな」
「そんな馬鹿げたこと訊いてくる氷河は嫌い」
「なら、もう馬鹿なことは言わん」

そもそも、受け入れる気はないと言いながら、求めてきている男に寝室への入室を許し、あまつさえ椅子ではなくベッドの上に座ってみせている人間に、それを拒絶する権利があるものだろうか。

あるはずがない。


氷河は、瞬のベッドにつかつかと大股で歩み寄ると、膝から抱き上げるようにして、瞬の身体をベッドに仰臥させた。
咄嗟のことに、自分の身体がどうされたのかも理解できないでいるらしい瞬の両肩を手で押さえつけ、氷河は、自分の脚で瞬の下肢の動きも封じてしまった。

「氷河……!」

瞬の非難の言葉など聞く気も起こらない。
見開かれた瞬の瞳を威圧するように睨みつけて、氷河は、それでも一応、瞬に紳士的な提案を提示した。

「俺を好きでなくなったのなら、そう言え。そうしたら放してやる」
「…………」

瞬は一瞬、切なげに眉根を寄せ、唇を噛み、しかし、その言葉を口にしようとはしなかった。
ならば、話は決まったようなものである。

手っ取り早く瞬から正気を失わせる方法なら、氷河はいくらでも心得ていた。
瞬が脱ぎたくないと言い張るパジャマの上から、そこに触れ、撫であげる。

「だ…駄目、やだ……!」

瞬は、それだけで、白い喉をのけぞらせた。

「だから、俺が嫌になったのなら、そう言えば、俺も無理強いはしないと言っているだろう」
言いながら、のけぞった瞬の喉を、揶揄するように舌で舐めあげる。

「氷河……!」
瞬は、一瞬、全身を堅く強張らせ、それから、ゆっくりと大きく深い息を吐き出した。
それだけで、瞬の意思はともかく、瞬の身体だけは、ほぼ氷河の思い通りに動かせる状態になる。
以前と変わらぬ瞬の反応に、氷河は少しばかり安堵したのである。
瞬は、その行為を生理的に受け付けなくなっている――というわけではなさそうだった。

だが、その先が以前と大いに違っていた。
小さな拳で、救いを求めるように氷河の腕にしがみつき、自身の身体に逆らいながら、瞬は、その言葉を言おうとし始めた――のだ。

「ぼ…僕は氷河なんか、き……」

それが最後まで言葉にならなかったのは、瞬が自身の身体の疼きに屈したというより、瞬の意思が感情に負けたから――のようだった。
氷河にはそう見えた。

「言えないなら、大人しくしてろ」

決して勝ち負けの問題ではないのだが、少しく勝利者の気分を覚えつつ、氷河は、自分の腕にしがみついている瞬の指を外した。

シーツの上に投げ出された瞬の腕と指には力もなく、瞬はどうやら、やっと、抵抗することを諦めてくれたようだった。
瞬が――何に抗おうとしていたのかは、氷河にはわからなかったが。


瞬の気に入りのパジャマの胸元に手を伸ばす。
瞬曰く“凝っている”クマの形のボタンを一つ一つ、氷河は、わざとゆっくりと外していった。

瞬は声もたてずに、横を向いている。
細いうなじの線にそそられた氷河は、すべてのボタンを外し終わった瞬のパジャマを、その肩から引き下ろしがてら、瞬の首筋に唇を這わせようとして――ぎょっとした。


取り除かれたクマのパジャマの下。

氷河は、そこに異様なものを見付けたのである。






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