春を愛する人


〜 木暮カモンさんに捧ぐ 〜







「ゆ……誘拐 !?  瞬が誘拐されただとっ !? 」

久し振りに城戸邸に帰って来た途端に、とんでもないニュースを聞かされて、瞬の兄は目一杯頭に血をのぼらせた。

「そうなんだよ、愉快だろ?」

星矢のシャレに、一輝は気付いた様子もない。
シャレに気付いてもらえなかった星矢の不服顔は、当然のことながら、一輝の視界にも入らなかった。

「どっ…どこのどいつが瞬を誘拐したというんだ! いや、どこのどいつになら、瞬を誘拐できるというんだっ!」

瞬は、仮にも聖闘士である。
たとえ旧KGBであろうとCIAだろうと、一般人に誘拐されるようなことがあるはずがない。


「いや〜、俺たち、その現場にいたんだけど、まさかあれが誘拐だったとは気付かなくてさー」
「よくよく考えてみると、典型的な誘拐劇だったんだがな。瞬の奴は、差し出されたお菓子に釣られて、誘拐犯の後をてこてことついて行ったんだ」
「んーと、もう4日になるか」
「いや、まだ3日しか経っていない」
「そーだっけ?」
「だろう。あれは確か、月曜日だった」
「あ、そうそう。誘拐されたから、瞬の奴、今夜の『地球・ふしぎ大自然』見れないな〜って思ったんだ、俺」

「〜〜〜っっ !!!!!! 」

生死を共にして闘ってきた仲間が誘拐されたというのに、あまりにものんびりと構えている星矢と紫龍に、一輝のアタマの血管はブチ切れそうになっていた。


「で !? 犯人からの要求は !? 」
「来ないだろ。営利誘拐じゃないんだし」

「営利誘拐じゃないのなら、何が目的なんだ!」
「そりゃあ……なあ、紫龍」
「だろうなあ、星矢」

「?」

まるで切迫感の感じられない様子で互いの顔を見合わせて意味ありげに笑う仲間たちに、一輝は眉をひそめた。
が、今はそんなことを問いただしている場合ではない。

「け……警察には届けたのかっ !? 」
女神の聖闘士ともあろうものが情けなさの極みだが、こういう場合、頼れる機関と言えばそれしかないだろう。

一輝の怒声に対する紫龍と星矢の答えは、相変わらずのんびりした口調だったが、その内容は実に大層なものだった。
「警察どころか、北半球の各国大使館経由で、大抵の国の軍事基地には連絡が行っているはずだ」
「瞬の身に何かあったら大変だもんな。その点は、沙織さんがちゃんとしてくれてるよ」

「…………」
心配しているのか、していないのか、判断の難しい答えである。
しかし、一輝はそれくらいで混乱してはいられなかったのである。

「誘拐された方も誘拐した方も、なまじっかなことで死ぬようなタマじゃないが」
重ねて紫龍が告げた言葉に、一輝は目をみはった。

「犯人がわかってるのかっ !? 」
いい加減、一輝の声も枯れ始めている。

「なんだ、わかってるから怒ってるんだと思ってたのに」

「誰だっ !? 」
それでも、怒声を響かせ続けるあたり、さすがの根性と気力・体力である。

「まあ、瞬以外のここにいない青銅聖闘士だ」

言われて、一輝はぐるりと室内を見回したが、無論、この場にいない男の姿が見えるはずはない。

もしかしたら一輝には探偵の素養があるのかもしれない。
実に無意味な観察の結果、実に失礼なことではあったが、一輝は、邪武、檄、市、蛮、那智の存在を無視し、誘拐犯を氷河と決めつけた。


もちろん、大正解である。






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