「側にいてくれるから好きだった……」

瞬は、もう一度その言葉を繰り返した。
本当に、そうだったろうか。
そうだったのだろうか。

「今、奴はおまえの側にいない」

「いる。氷河は僕の側にいます」

「何?」

氷河がいなくなってからは、失望と諦め以外の新しい何物にも出会っておらず、だからこそ疲れきっているはずの弟の、断固とした口調に一輝は瞳を見開いた。

「兄さん。兄さんは、いつも僕を置いて、ふらっとどこかに行っちゃいましたよね。でも、僕は兄さんを追いかけたりしなかった。兄さんは、いざっていう時には必ず僕のことを思い出して、僕を助けに来てくれるってわかってたから。普段は忘れてても、何かあったら、必ず、いちばんに、兄さんは僕のことを思い出してくれる。僕はそう信じていた。信じていられた。だから、離れていても安心していられたんです」

それは、一輝が瞬の兄だったからである。
そして、自らの存在を根本で支えているものを、普段は忘れていられるほどの強さを兄が持っているということを、瞬が知っていたからだった。


「でも、氷河は違う。氷河は、いつも僕のことを考えてるんです。忘れていることすらできないの。だから、安心してなんかいられない。だから、心配なんです」

「今もそうだと思うか。奴が姿を消して、もう2年になる」

そして、氷河は瞬の兄ではない。
氷河は――少なくとも、瞬の前から姿を消す以前の氷河は―― 一輝ほどに強くもなかったことを、瞬は知っていた。


「僕、それを確かめるために捜しているのかもしれません。氷河が僕のことを忘れてしまっていたら、きっと連れ戻したりはしない……」

氷河が姿を消してから2年。
どんなに落胆し憔悴して帰ってきても、決して涙を見せなかった瞬の瞳に、一輝は、懐かしいきらめきを見い出した。
そして、その途端に、一輝は負けを認めている自分に気付いていた。

何に対して、誰に対して負けたのかは、彼自身にもわかってはいなかったが。






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