夕涼み


〜 ゆきさんに捧ぐ 〜







「誰にも言わないでね。今夜のこと」

瞬が俺にそう告げたのは、まあ、つまり、俺と瞬が初めてそーゆーことになった、その夜だった。

ことさら言いふらすしてまわるつもりもなかったが、自然に知れていくのは仕方のないことだと思っていた俺は――いや、瞬を自分のものにできたことに浮かれていて、俺は本当は、そんなことすら考えていなかったのだが――瞬の言葉を訝った。

「どうして隠すんだ?」
「どうして……って、恥ずかしいじゃない」
「……相手が俺だってことがか」
「そんなことじゃなくて……その……色々、勘繰られることが……」
「…………」

俺としては――俺の本音は、
『誰でも、何でも、いくらでも、たっぷり勘繰って、そして、誰も俺の瞬に手を出すな』
――だった。
吹聴して歩くつもりはなかったが、俺は、本当は、皆に自慢してまわりたかったんだろう、多分。
俺は、瞬の全部を知っているんだぞ、と。

「だって、言ってどうなるの?」 
細いのに、不思議に丸みを帯びた肩をすくめるようにして、瞬が俺に尋ねてくる。
瞬の身体はまだ幼さを残していた。

「……いろんなシーンで気を遣ってもらえるだろう。俺たちの邪魔をしないように。おまえが俺のものだと知れていれば、おまえが変な奴らに目をつけられることもなくなるしな」
「そんな物好き、氷河くらいしかいないでしょ」
「だったらいいが」

瞬は、自分というものがわかっていない。
惚れたはれたの次元でなくても、瞬の“何か”でいたいと願う人間は多いはずだ。
対峙する相手を決して否定せず、受け入れ、理解しようとする眼差しを持った存在は、誰にでも快いものだろう。

そういう意味で言ったら、むしろ、瞬に情欲を感じる俺の方が異端なのかもしれない。
瞬に包まれていたいと願わず、瞬を自分のものにしたいと思う俺の方が。
瞬に独占欲や所有欲を覚える俺の方が――普通ではないのかもしれない。


「秘するが花と言うじゃない。秘密にしておくのも楽しいかもしれないよ」
「…………」

それは意味が違う。
『秘するが花』――世阿弥は、全てをあからさまにしないことで、見る者の想像力が完璧な美を思い描くものだと言ったんだ。
そして、隠しておいたものを人に見せてこそ、人に衝撃と驚嘆を与えられるものだ、と。


だが、結局、俺はそんな無意味な反駁はしなかった。

欲しくて欲しくてたまらなかったものを、やっと手に入れた。
それを、些細な意見の食い違いで失う愚は冒したくない。

「……おまえがそう言うなら」


俺が折れると、瞬は嬉しそうに、ほのかに笑った。






【next】