2分間ほどの重力の嵐が収まると、氷河と瞬は熱砂の砂漠にい――なかった。

時間移動の重力から解放された二人が最初に見たものは、緑したたる庭園だった。
ミモザやレモンの木が心地良い日陰を作り、瞬の立っている足元からは白い花崗岩でできた幅の階段が白い宮殿へと続いている。


「砂漠じゃないね……」
てっきり、セケムケト王の階段ピラミッドのあるサッカラの砂漠に出ると思っていた瞬は、眼前に広がる緑の庭を、意外の思いで見まわした。

エジプトという国は、砂漠のただ中にあり、母なるナイルに沿った数キロの狭い地域だけが乾燥から免れている構造になっている。
川に沿って町や耕作地があり、川からほんの数キロ離れると、そこはナイルの恩恵を受けない砂漠地帯になるのである。

ここまで緑が豊かだということは、瞬たちのいる場所はナイル川河畔にある町のどこか、木々の向こうにある建物の壮麗さから判断すると、紫龍のタイムマシンは、ふたりを直接この時代の王宮の中に送り込んでくれたものらしかった。

「とすると、ここはメンフィスの町だね」
「瞬っ !! おまえ、あの、欠陥マシンを作った奴に腹が立たないのかっ !? 」
「なんで? 時代が合ってるのなら、ここ、セケムケト王の王宮だと思うよ。砂漠の真ん中に放り出されるよりずっといいじゃない」

無体とも言えるあのタイムマシンの重大な欠陥に憤った様子もなく、非常に冷静な観察をしてみせる瞬に、氷河は溜め息をついた。

「氷河、紫龍のことわかってないね。氷河が僕と一緒に来るってわかってるのに、紫龍が快適な旅なんか用意してくれるはずないじゃない」
「…………」

瞬の言う通り、だった。
命をかけた闘いを共にしてきた氷河の仲間たちは、紫龍に限らず、一輝も星矢も、なぜか氷河をいたぶることを趣味にしている。
おそらく、あのマッドサイエンティストは、瞬の身は氷河が守るだろうから、自分が瞬の身を案ずる必要はなく、ゆえに、自分は心置きなく氷河をいたぶっていればいい――とでも思っているに違いなかった。

いったいどうして自分がここまで仲間たちにいたぶられなければならないのか、氷河には全く理解できていなかった。
――実のところ、それは、彼が瞬に好意を持たれているからに他ならなかったのであるが。



「……とりあえず、ここにいる1週間の食いぶちをどうするか考えんことには」

そんなことすらも、紫龍は、『氷河が瞬を飢えさせるはずがない』という絶対の信頼のもと、全く考慮してくれていないのである。
前回の時間旅行の時も、彼は平気で『聖闘士ならどうにかなるだろ』と言い切り、着の身着のままの二人をメソポタミアの砂漠に放り出したのだった。

「また、土木建築業従事しかないか。この時代なら、ピラミッド建造で人手はいくらあっても足りないだろうし」
「土木建築じゃなくて、石材建築でしょ」
「この時代のピラミッドは石材だけじゃなく、日干しレンガも混ぜて作られているはずだ」
「あ、そっか。真正ピラミッド以前なんだね、まだ」

現在よく知られている四角錐の石でできた真正ピラミッドを造り始めたのはクフ王の代からと言われている。
今がセケムケト王の治世である紀元前2640年代だとすると、真正ピラミッドの出現は、これより半世紀以上後の話になるのだ。

「それなら、確かに、王宮なんかより、ピラミッド建築現場の方が都合がよかったかもしれないね。でも――」
と、瞬がまたまた冷静な判断を下しかけた時――。






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