氷河は、わずか2日で、セケムケト王の墳墓になる階段ピラミッドを作り上げた。
真正ピラミッドと違って規模もさほど大きくなく、肝心要の石棺室は既に出来ていたせいもあって、それは聖闘士には何ということもない作業だった。

やがて、王の死が国中に知らされ、空の棺が石棺室に収められる。 
カーバーの政治的配慮もあって、葬儀は盛大だった。


若くして亡くなった王。
しかも、神の手による奇跡が起きて、王墓は一夜でできたらしい――という噂が国中でまことしやかに囁かれていた。

当の本人は、王位と永遠の命を捧げた恋人に寄り添って、
「ありがとうございました。僕たち、これから、永遠なんてないところで生きていきます」
と、氷河と瞬に礼を言い、幸せそうにサッカラの町の人込みの中に消えていったのだが。


「永遠なんかより、欲しいものがあるんだね、人間には」
瞬が、そんな二人を町の門で見送りながら、感慨深げに呟く。

紀元前2600年に、若い恋人同士が選んだ有限も知らず、この後、エジプトで、中国で、否、世界の至る場所で、権力を手に入れた帝王たちが、永遠不死を求めて愚行を繰り返す。
21世紀の現代でですら、多くの学者たちがそれを求めて研究を重ねているのだ。

その事実を知っているだけに、瞬には、二人の恋人たちの姿が幸せこの上ないものに思われた。

「ま、あの二人なら、死んでも幸福だろうさ。永遠だの不死だのなんてものが本当にあったら、人間は今日できることも明日にまわして、何も成し遂げないままのんべんだらりと生き続けるだけのものになってしまうだろうしな」
「今は今しかないから、後悔しないように生きていこうって思えるんだね、きっと」
「そうだ、な」

そうなのである。
瞬の言う通り、人の生には限りがあり、限りがあるからこそ、“今”が大切なのだ。


「さあ、丸く収めたぞ。約束通り、ご褒美をくれ」
「うん」

瞬が、信じられないほど素直に、可愛らしく、氷河に頷き返す。
これは夢か奇跡なのかという思いで、氷河は、瞬を自分の側に引き寄せた。

そして。
今度こそ、ついについにやっとその時がきたのだ! と氷河が胸を打ち震わせつつ、その唇を瞬の唇に重ねようとした時。

突然、激しい重力が二人にのしかかってきたのである。


「うわ…っ! なっ…なんだっ !? 」
「い…1週間が経っちゃったんだよ、きっと」

「なんだとっっ !? 」

2度目。
2度目である。
バビロンの架空庭園に続いて、世界の七不思議であるピラミッドをほぼ自分一人の手で造りあげ、やっとここまで――あと2センチのところまできたというのに、容赦のない重力が再び二人を引き離そうとしているのだ。

氷河は必死で重力に抵抗したが、氷河の執念がどれほどのものであろうと、その重力の中で瞬とのキスを遂行するのには無理があった。
なにより瞬自身が、こんな状況下でのキスなど考えられないとばかり、氷河の胸に顔を埋め、彼にしがみついてしまっていたのだ。
それはそれでそれなりに嬉しいシチュエーションだったのだが、しかし、氷河の胸中の瞬の唇への未練と無念はそう簡単に振り払えるものではなかったのである。


(くっそーっっ !! 紫龍の野郎、ぶっ殺してやる〜〜〜っっ !! )


重力のために凝縮された紫龍への殺意と憎しみが、氷河の中に澱みくすぶり始めていた。






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