翌日、星矢と紫龍は、沙織さんとギリシャに出掛けていった。

沙織さんがいなくなると、城戸邸で雇われている人たちも、ここぞとばかりに休暇をとって、邸内の人口は激減する。

そういうわけで、翌日から、僕と氷河の、ほとんど二人きりの生活が始まった。

僕は、できうる限り、彼には優しく接してやった。


一輝兄さんは相変わらず放浪癖が抜けていなくて、もう半年も音沙汰がない。
今回に限らず、星矢と紫龍は沙織さんについてあちこちに出掛けることが頻繁で、城戸邸にはいないことの方が多い。
僕はいつも留守番で、でも、僕は一人で城戸邸にいるのは嫌じゃなかった。

僕には待っている人がいて、その人が帰ってきた時に僕がここにいないなんて事態を避けたかったから。
そんなことになったら、その人ががっかりするだろうから。


だから、城戸邸にいられて、しかも一人きりじゃないってことが、実は僕は嬉しかったんだ。
留守番は嫌じゃなかったけど、それは単調な生活だったから。


でも、氷河が城戸邸に来て、僕のその単調な生活は一変した。

彼は、何というか――ものすごい気分屋だった。

普段は無口で大人しくて、まるで口のきけない人が介護人――僕のことだ――の世話を受けているようなのに、時々癇癪を爆発させることがある。
少し打ち解けてくれたかと思うと、次の瞬間には、まるで僕を憎んでいるかのような怒声を浴びせてくる。

「うるさい! 俺に構うなっ!」
そんな言葉を幾度投げつけられただろう。

それまで普通に話してたのに(僕が一方的に話すだけで、彼はいつも聞き役だったけど)、突然態度が豹変するんだ。

ちょっとこめかみの傷に触れただけで、突き飛ばされたこともあった。

ほんとに、彼は、とんでもなく我儘な子供だった。

ただ、そのすぐ後に、彼はいつも、ひどく後悔したような、悪さをしたことを後悔する悪童のような眼差しを僕に向けてくる。
それがひどく頼りなくて、傷付いた子供のようで、僕は彼を見放してしまえなかった。

知らない他人、知らない自分。
ここにいることだって、彼は、騙されて連れてこられたのかもしれないと疑おうと思えば疑えるんだ。
彼を責めることなんて、僕にはできなかった。


「大丈夫。なんにも恐いことなんてないから。僕は氷河の味方だから」

僕がそう言って微笑ってみせると、図体の大きい子供は、切なそうに悲しそうに、頷く。
心許なげな、悲しそうな、寂しそうな、そして、どこかに怒りと苦しみの混じった、不安定な眼差しを僕に見せて。






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