目覚まし時計の音が、小さな家の中にけたたましい音を響かせる。
毎朝の恒例とはいえ 隣室から響いてくる無粋なその音に、氷河は眉をひそめた。


「何もあんなとんでもないボリュームにセットしておくことはないだろうに」
「あれは、星矢が目覚めるためじゃなく、起きたことを僕たちに知らせるためのものだから、僕たちに聞こえるようにわざとそうしてるの。星矢、きっと、すぐに来るから、服着けて」
「ああ」

軽く頷くだけ頷いて、氷河は、しかし、瞬の言いつけに従おうとはしなかった。
瞬の身支度さえ済んでいれば、彼としては何の問題もなかったのである。

瞬の言葉通り、目覚まし時計のアラームが鳴り止んで2分もしないうちに、氷河と瞬の寝室のドアの向こうから、
「氷河ー、瞬ー、起きてるー?」
という星矢の声と、ノックというには乱暴すぎる音が響いてきた。

「うん、起きてるよ」
瞬の答えを待たずに、ドアが開いて、5歳ほどになる男の子が、二人の部屋に飛び込んでくる。

1年ほど前、人の部屋に入る時にはノックをするというルールを教える以前に、断りもなくこの部屋に飛び込んできた星矢に、服を着けていない状態で朝の挨拶(?)を交わしているシーンを見られて以来、三人の家では毎朝、星矢の目覚ましの音が響き渡るようになった。

その時、星矢は少し驚いて目をみはっただけだったが、瞬は慌てて、『お互いの部屋に入る時には、入っていいのかどうかを確かめてから』のルールを、この家の最重要規則として定めたのである。



「別に構わないじゃないか。悪いことをしているわけでもないんだし」
その手のことに関して無頓着にできている氷河は、瞬がその規則を定めた時、諸手を挙げての賛同はしなかった。

「そういうわけにはいかないでしょ」
気乗りしていない氷河のその言葉に、瞬はかちりと眉をひそめたのである。

氷河の腕の中で子猫か何かのように甘えている姿を見られた後では、星矢の前で大人の顔を保ちにくい。
これは、何よりもまず教育的配慮なのだ。

しかし、氷河は、星矢の躾のことなど気にもかけていないようだった。
「一度見られてしまってから、そんなルールを決めても無意味だろう。あれ以来、星矢は俺を敵視してるぞ。ありゃ、エディプス・コンプレックスの典型だな」
「エディプス・コンプレックスって……。僕は星矢の母親じゃないし、氷河は父親じゃないし……」

「だから、事態は、もっと複雑で……いや、単純なのか。あと10年もしてみろ。星矢は身体だけなら、一丁前の男になる。そうしたら、あのガキは、俺からおまえを奪おうとやっきになることだろうさ」

「10年後……」

氷河の例え話に、瞬が目を細める。

「そんな日が来たらいいね……」

瞬の呟きに、氷河は僅かに微笑した。
「そうだな……」

ほんの少しだけ、苦いものの混じった笑みだった。






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