「瞬、今日はどこ行くの?」

この家にやってきた頃には、その発育の遅さで瞬に不安を抱かせていた星矢も、今では標準以上にはしこく利口になってきている。
よく動く瞳をころころと転がして、星矢は瞬に尋ねてきた。

「ちょっと遠出するよ。星の子学園まで行く。運動会をするっていうから、手伝いに行くんだ。星矢も行く? 飛び入り参加できる競技もあるんだって」

「行く行く行く! 俺、走るの速いんだ!」 

フォークでフレンチトーストと格闘していた手と口を止めて、星矢が自慢げに身を乗り出してくる。
その様子に微笑してから、瞬は初めて気付いた。

いつから、星矢の一人称は『俺』になったのだったろう?
つい先日まで、星矢は自分のことを『僕』と呼んでいたのに。

「星矢、いつから……どうして『俺』になったの?」
「え? だって、俺って言う方が、瞬が好きなんだと思って」
そう言って、星矢は、同じ食卓に着きながら、二人の会話には興味のないような顔でコーヒーをすすっている氷河を、横目でちらりと見やった。

どうやら、星矢は、氷河の真似をして、自称を『俺』に変えたものらしい。
氷河の言うエディプス・コンプレックス説もあながち根拠のないものではないかもしれないと、瞬は少しばかり複雑な気分になった。

「学校に行くようになったら、『僕』の方がよくないかなぁ」
「学校なんか行かない。瞬とあちこち行って、ぼらんてぃあしてる方が楽しいもん」
「僕じゃ教えてあげられないようなことが、世界にはいっぱいあるんだよ」
「瞬は、それ知らなくても、立派に生きてるじゃん」

自称だけでなく、妙な屁理屈を振りかざした挑戦的な口調まで、氷河に似てきている。
瞬は、胸中で少々苦っていた。

「そしたら、僕と大して変わらない生き方しかできないでしょ。星矢には、僕が持ってない星矢の可能性があるんだからね。学校ってところは、それを探すためのところなんだよ」

「んー」
星矢が、面倒くさそうに髪を掻くと、
「おっきくなったら、考える」
と言って、その話題を終わらせようとする。

星矢が変に小ずるいところまで氷河に似てきていることに気付いて、瞬は、星矢ではなく氷河を睨みつけた。

瞬の責めるような視線に気付いているのかいないのか、氷河が初めて二人の会話に口を挟んでくる。
「今から考えておけ。その時になって慌てふためくのは格好が悪いぞ」

氷河の忠告が気に障ったらしく、星矢はムッとして口を尖らせた。
そして、
「わかってらい!」
と、氷河を怒鳴りつける。


星矢のその態度を見て、5歳の頃の自分はこんなに生意気だったろうかと、瞬は溜め息をついた。

瞬が、今の星矢の年齢の頃――瞬は、兄の陰に隠れてばかりいた。


その兄も今はいない。
最後まで、庇われてばかりだった。






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