「空しい……」 金縛りの悪夢から目覚めるなり、氷河は、朝にはまだ間がある薄闇の中で呻くように呟いた。 こんな不毛な夢を見ることが空しく、これほどまでに切実な願望を叶えることができずにいる我と我が身が、氷河は哀れでならなかった。 この不毛な状態に比べたなら、果てのない闘いを闘っている時の方が、よほど生産的である。 生死を懸けた闘いに身を投じている時、少なくとも氷河は、自身をみじめだと思った経験は一度としてなかった。 とっとと瞬を押し倒せたなら、どんなにいいだろうと思う。 実際、氷河は、瞬が聖闘士でなかったなら、とうの昔にそうしていたかもしれない。 しかし、不幸なことに瞬は聖闘士で、しかも強い。 本来力のある人間が、押し倒された時にだけなぜか妙に非力で、ささやかな抵抗を試みるもあっさりと封じられ、最初は嫌がっていたのに、いつのまにか狼藉者のいいように喘がされている──などということは、どこぞのご都合主義的やおい話でなら日常茶飯事かもしれないが、現実にはありえないことなのである。 「しかし、いつまでもこんなふうでいていいはずがない」 いい加減、氷河は煮詰まりきっていた。 初めて瞬に『好きだ』と告げ、はにかんだような笑顔の答えを貰ってから幾星霜。 実にありがちで気恥ずかしい話だが、本来は瞬の優しさやら強さやらというものに惚れたはずだったのに、清らかな仲でいる時間があまりにも長すぎたため、今の氷河はほとんど『瞬とやりたい』だけの男になりさがってしまっていた。 瞬を見ると、その光景ばかりが脳裏に思い描かれ、他のことが全く考えられない。 以前のように、清らかな心と目とで瞬を見ようと思っても、氷河の中にいる氷河の手は、本体の氷河がどれほど制止しても、さっさと瞬の身に着けているものを脱がすべく動き始めてしまうのだ。 この現実を打破するには、“やる”しかないということはわかっていた。 何が何でもやるしかないのだということは。 そうすれば――そうすることができさえすれば、おそらく自分は、以前のように、心穏やかに瞬の姿を眺めることができるようになるだろう。 一度瞬のすべてを知ってしまえば、瞬がそれを許し受け入れてくれるほどに、自分が瞬にとって特別な存在なのだという安心感と自信を得ることができ、以前のように、瞬の笑顔に安らぐことも、白い指にときめくこともできるようになるに違いなかった。 少なくとも、瞬の顔を見るなり、胸中で『やりてー』と呟いて、自己嫌悪に陥るようなことはなくなるはずなのである。 かくして、白鳥座の聖闘士・氷河は決意した。 今月の生活目標は、『瞬とのえっち』にしよう! ――と。 一般的に――毎日の生活の中に、理想や目的を掲げることは、実に有益なことである。 その内容は――ともかくとして。 |