早春賦

〜 ドライヤー嫌いさんに捧ぐ 〜







「自己申告で18」
「ははは。そりゃあ、楽しい冗談ですね」
目だけで笑っている土方に耳打ちされて、沖田は大仰に肩をすくめてみせた。

彼等の目の前で木刀を握っている前髪立ちの少年は、どこから何をどう見ても、14、5歳の子供にしか見えない。
確かに、この新撰組は、入隊資格不問、身分を問わず、尽忠報国の志があり、剣術の心得があれば、誰でも入隊志願を受け付けることになっている。なってはいるのだが。
しかし、討幕派の志士を排除することを──ある意味では人切りを──至上任務にしているこの新撰組に、こんな子供が入隊して何ができるというのだろう。

入隊は認められまい──と、誰もが思っていた。
それでも、新撰組屯所のある壬生寺の本堂には、物見高い隊士たちが黒山の人だかりを作っていた。
入隊試験の立ち合いが行われている本堂の正面中央には、新撰組局長・近藤勇が歳に似合わぬ貫禄を見せて座している。
副長の土方歳三と一番隊組長の沖田総司は、道場の正面右側の入り口付近に立って、話題の主を鑑賞していた。

「しかし、うまいぞ」
子供の流派は、鏡心明智流。
品格と気品で名を知られる流派だけに、その太刀筋は真剣がきらめくように美しく、その身のこなしは、水が流れるように滑らかだった。

「うまいと強いは違うでしょ」
言う側から、隊士たちの注目を集めていたその子供は農民あがりの大男に負けた。

「強いと勝てるも違う」
「勝てると、切れるも違いますよ」
華奢な入隊志願者の肩を持っているのかいないのか判別しにくい言葉の掛け合いをしている土方と沖田の前で、その子供は、更に三人の入隊志願者と立ち合い、その全員に打ち据えられた。
本来なら、二人にまで負けた時点で入隊不許可の断が下るところである。
四人の相手と立ち合いという異例が行われたのは、その子供の身のこなしと太刀筋があまりに綺麗だったので、特に近藤がそれを命じたためだった。

「僕と立ち合わせてくれません?」
沖田が、近藤に願い出る。
素人にも負ける相手。
それでも立ち合ってみたいと思わせる何かが、その少年にはあった。

近藤の許可を得て、沖田が木刀を手に取る。
そして、局中でも一、二を争う腕前の新撰組一番隊組長は、ほんの二、三度の打ち合いをしただけで、その子供に肩を打たれてしまったのだった。

「おい、あの綺麗な顔に目が眩んだか」
半信半疑のどよめきの中、道場脇で見物していた三番隊組長の斉藤一が野次を入れてくる。
「武田さんじゃあるまいし、僕にその気はありませんよ。斉藤さん、立ち合ってみてください」
「言われなくても、そうする」

ちらりと局長の顔を窺ってから、斉藤は道場の中央に進み出た。
近藤が無言でいるのは、沖田の負けが信じられず、その子供の真価の判断に迷っていたせいだったかもしれない。
そして、その近藤の前で、斉藤は、沖田に続き、いっそ小気味いいほど鮮やかに、その子供に打ち据えられてしまったのだった。

こうなると、腕に自信のある他の隊士たちが黙ってはいなかった。
二番隊組長・永倉、十番隊組長・原田、剣術師範・吉田等が、我も我もと立ち合いに望み、そして、そのことごとくが、数度の打ち合いで、その子供に負けてしまったのである。
子供は、入隊志願の農民や浪人たちを相手にしていた時とは、別人のようだった。
息も乱してない。

「おい、総司。どういうことだ」
「あの子、強い相手でないと勝てないんですよ。勘が良すぎて、反応が早すぎるんだな。動きの鈍い素人相手だと勇み足になる」
「本当に、おまえより強いのか?」
「人を切れるかどうかは別だけど……。切ったこと、なさそうだなぁ」

沖田の説明を聞いても、土方はどうしても、その子供の強さが信じられなかったらしい。
目の前にいる子供は、虫も殺せぬどころか、花を手折ることもできそうにない風情をした細腕の持ち主である。
彼の疑念は当然のことだった。







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