「夏の娯楽といえば、山だろう」 「なに言ってるの、海だよ!」 8月。 一年のうちで最も暑い月。 太陽はじりじりとアスファルトの道を焼き、セミは必死の自己主張、大地は暑さに音をあげて、ゆらゆらと陽炎を立ちのぼらせている。 アテナの聖闘士たちが集う城戸邸でも朝からクーラーがフル稼働。 幸い、その効力が邸内の隅々まで行き渡り、聖闘士たちの住みかは過ごしやすい気温と湿度が保たれていた。 ──のだけれども。 涼しい城戸邸内のとある一室では、今日も、外の暑さに負けず劣らず熱い闘いが繰り広げられていた。 氷河と瞬の舌戦が。 「海なんて、人が芋になるために行く場所だろう。おまけに日本の海は、はっきり言って汚い!」 「山には、蜂だの蚊だの攻撃的な虫がいて、追い払うのに苦労するばっかり!」 「おまけに、海では、まずいフランクフルトや焼きソバに、相場の3倍の金をふんだくられるんだ」 「山には、海の家もないもんね!」 「空気がうまいだろう。しかもタダだ」 「空気でおなかは膨れないよ!」 勝負は今のところ五分と五分。 氷河と瞬の喧嘩に慣れてしまっている星矢は、はなから仲裁の労をとる気もないらしく、熾烈な闘いを続ける二人の仲間の横で、のんびりと──しかし、少々呆れた様子で──ミネラルウォーターを飲んでいる。 そこに、城戸邸に常駐している4人目の青銅聖闘士が登場した。 「氷河と瞬は今日も喧嘩か。今度は何だって?」 仲間たちに少し遅れてラウンジにやってきた紫龍も、ほとんど日常茶飯の事になっている氷河と瞬の言い争いに、今更驚くようなことはしなかった。 静かな方がおかしいのだ、氷河と瞬は。 「今日のテーマは『夏の娯楽』。沙織さんがさ、俺たちに夏休みくれるって言ってくれたんだ。どこでも、好きなところに行けるよう手配してくれるってさ。で、どこに行くかでもめてるわけ。海か山かって」 星矢の事情説明を聞いて、紫龍が大きく嘆息する。 「海でも山でもどっちでもいいじゃないか。何なら、近くに山のある海辺に行くという手もある」 「まあ、そういうどっちつかずが嫌だから喧嘩になるんだろ」 両方を楽しむことが可能な問題を、無理に二者択一問題にすることもあるまいに、と紫龍は思った。 思ったが、口にはしなかった。 そんな正論を素直に受け入れる氷河と瞬ではないことを、紫龍は、これまでの経験から嫌になるほど知っていたのだ。 |