「喧嘩するほど仲がいい、とは言うが……」 「『仲がいい』って、ああいうのを言うのか?」 海だ山だと、低レベルの言い争いを続けている氷河と瞬を横目に見つつ、数時間前と全く同じに脱力しきった声で、星矢がぼやく。 数時間前と違うのは、その声に憂いの響きや危機感が感じられないことだけだった。 良い変化──ではあるのだろう。 「まあ、考えてみれば、氷河と瞬は、互いの心を傷付け合うようなタチの悪い喧嘩は一度もしたことがなかったな」 そんなことに今頃気付く自分自身に呆れている紫龍の口調にも、今はほとんど深刻さは含まれていなかった。 そういう喧嘩なら、それは互いの親愛の情を深めるのに役立ちこそすれ、癒すことのできない傷や、取り返しのつかない決裂を生んだりすることはないに違いない。 氷河と瞬は、夏の娯楽が山でも海でも構わないのだろう。 海ででも山ででも、喧嘩と喧嘩のあとのキスはできるのだから。 「山には虫がいるから嫌だと言ったのは、おまえじゃないか。俺はごめんだぞ。おまえとシてる時に、蚊に刺されたり、蜂に襲われたり、牛に覗き見されたりするのは」 「氷河、もしかして、外ですることしか考えてないね? そんなの、海でだっておんなじことじゃない。海にだって、蚊はいるし、蜂だっているよ!」 「牛はいないだろう」 「ウミウシがいるじゃない!」 「ウミウシは雌雄同体の動物だから、俺たちのしていることを覗き見ても、何をしているかまではわからないさ」 「雌雄同体だから、危ないんじゃない。ウミウシって、自分と同じ種類のウミウシがもう一匹いたら、性別気にせず交尾するんでしょ。氷河、忘れてるみたいだけど、僕たち、男同士なんだからね!」 「俺たちはウミウシと一緒か」 「失礼なこと言わないでよ! 僕は氷河を好きだから、あんなことだってするんであって、相手が同種族なら誰でもいいウミウシとは違うんだからっ!」 「ウミウシで愛を語り合えるんだから、氷河と瞬って、変態だよなー」 「まあ、奴等のあれが一般的な愛の語らいではないことだけは確かだな」 「ところで、瞬たちの手前、言い出せずにいたんだけど、俺、ほんとは前から、スパリゾートハワイアンズに行ってみたかったんだ」 「プールに温泉、まがいもののフラダンスか。胡散臭くていいかもしれないな。都心から無料送迎バスも出てるようだし」 「だろだろ、そーしようぜっ!」 氷河と瞬は、充実した今夜のために、ひたすら喧嘩を続けている。 そんな二人を無視して、星矢と紫龍は、心置きなく“ 信頼し合える友と、繰り返される喧嘩にも別れの心配が不要なほど強く結ばれた恋人たち。 場所がどこであろうと、アテナの聖闘士たちが過ごす夏休みは楽しいものになるに違いなかった。 Fin.
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