「私は無駄使いが嫌いだ!」
上総介が、突然叫ぶ。
否、むしろ、彼は吠えた。
ぎょっとして、おのが主君にどう反応すべきかを見失った氷河に、上総介は気負い込んで言い募った。
「氷河! その方のその顔は、無駄に整っているのか !? 天から与えられたせっかくの資質を有効に使わないのは無駄使いというものだ! 家格も経験も問わない人材登用、適正な賞罰、適材適所を、私は藩経営の旨としている。私は、資源の無駄使いがいちばん嫌いだ!」

「そ……そう申されましても」
男の顔が“資源”になるのは、陰間の世界くらいのものだろう──と、氷河は思った。
確かに、今現在の話題は、その世界に近しいものではあるだろうが、武士の世界と男娼の世界を一緒にされてはたまらない。

「ちょうどいい。その方の美貌を有効利用する時が来たんだ。瞬も、むくつけき無骨者に手ほどきを受けるよりは、綺麗な男相手の方が、恐怖心も薄らぐだろう。あの子を仕込みがてら、その方もその道を体得すれば一石二鳥だ。しっかり励んで、あの子を男を怖がらない身体にし、その上で、私の許に連れてまいれ」

「お断りいたします。瞬にそんなことができるわけがない!」
上総介がどんな理屈をこじつけようと、できないものはできないし、無体は無体である。
氷河は、再度きっぱりと、主君の命令を拒否した。
主君に対して意見を言ったことは、これまでにも幾度かあったが、真っ向から逆らうのは、氷河にはこれが初めてだった。

少々気色ばんだ様子で、上総介が氷河に確認を入れてくる。
「私の命令が聞けぬと申すか」
「お断りいたします」

これで切腹でも命じられたら、水瓶藩藩主はその程度の男でしかなかったというだけのことである。
『二君に仕えず』が武士の道なら、生きて愚君に仕えていてもろくなことにならない。
それこそ人生の無駄使いというものである。
そんなことをするくらいなら、いっそ潔く腹を切ってやると、氷河は半ば開き直っていた。
が、上総介は氷河に切腹を命じたりはしなかった。

「では、その方の代わりの者を推挙せよ」
彼は、涼しい顔で言ってのけた。
腹を切る覚悟を決めていた氷河も、これにはたじろがざるを得ない。

「そ、それは……」
そんなことができるわけがないではないか。
氷河にとって、瞬は、誰にも散らされてはならない花だった。

「お止めください。瞬は本当に才能があって、素直で、忠義心も篤く──そのようなことではないことで、いずれ殿と藩のお役に立ちます。私が請け合います。瞬は──」
おそらく、氷河が主君の前でこれほど感情を露わにしたことはなかった。
必死の形相で再考を訴える氷河に、上総介が語調を穏やかなものに変化させる。

「私は、あの子のために言っているのだ」
「それは、どういう意味でございますか」
「どうせ、あの姿では、私でなくてもいずれ誰かが目をつけ、言い寄ることになるだろう。この道は昨今の大流行り、武士の恋は命懸けと刃傷沙汰に及ぶことも多い。だが、藩主のお手付きとなれば、そんな不逞の輩への牽制になるだろう。見込みある者と思うからこそ、私は、そのようなことで前途ある家臣に消えない傷をつけたくないのだ」

「…………」
これを、家臣に対する主君の温情と言っていいのだろうか。
「いいな。その方、よくよく言い含めて、衆道の交わりは恐ろしいものではないと、瞬に教えてやるのだ」
上総介がそのつもりでも、氷河にはどうしてもがえんずることはできなかった。

「主命だ。城下の下屋敷を、しばしその方に預ける。好きに使って構わぬゆえ、そこで、ひと月後には私の閨にはべれるように、その方、しっかりと瞬を仕込んでみせよ」

承服できない命令だというのに、氷河には返す言葉が思い浮かばなかった。






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