「何がロマンチックだ……!」

氷河がそう呻くことになったのは、ほぼ日本の真夏と言っていいジャマイカの暑さに音を上げたからではなかった。
もちろん、ブルーマウンテンの国で最初に飲まされたコーヒーが、どういうわけかネスカフェそっくりの不味いコーヒーだったからでもない。

氷河と瞬がジャマイカに到着したその日。
荷物をホテルに預け、首都キングストンから南に数キロのところにあるポート・ロイヤルの遺跡にモーターボートで向かっていた二人は、早速その海で、噂の幽霊船に遭遇してしまったのである。

「氷河、僕につかまって!」
瞬の否やを言わせぬ命令口調に、氷河は、パブロフのわんころのごとく、反射的に従った。
瞬は、氷河の手が自分の腕を掴んだのを確認するや、なぜか手許にあったネビュラチェーンで、二人の身体を噂の幽霊船の中に放り込んでしまったのである。

そこで二人の見たものは。

青い空と青い海、まるで進退を決めかねているように縦帆だけを張ったマスト、それから、非常に柄の悪い2、30人の半裸の男たち──だった。
日に焼けて浅黒い肌をしているが、どう見ても白人である。

「幻じゃない……ね」
アテナの聖闘士を取り囲み、二人に奇異の目を向けている男たちに、『こんにちは』の挨拶をするのも忘れ、幽霊船の甲板で、瞬は呟いた。

瞬と氷河を取り囲む男たちは、もはや布切れとしか言いようのないカザックコートと、腿の半分までしか丈のないパンツを穿いているだけだった。
それらは到底清潔とは言い難く、最後に洗濯をしたのはいつなのか確かめるのにも恐怖を覚えるような代物である。
絵本や映画で見る海賊や海軍の軍人のようにスタイリッシュな格好をした者は、ひとりとしていない。
ピーターパンのフック船長のように、羽根飾りのついた帽子や長い外套など論外である。

これが金持ちの海賊マニアのごっこ遊びや映画の撮影だというのなら、どんな脇役でも、もう少しマトモな格好をしていることだろう。
そこから導き出される結論を正気で受け入れることを、氷河はしたくなかった。


突然空から降ってきた氷河と瞬を取り囲む、いかにも海の強盗団といわんばかりに柄の悪い男たちを見て、思い切り嫌そうに顔を歪め、とりあえず氷河は呻いたのである。
「何がロマンチックだ……!」
──と。






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