もとはと言えば数日前。
星の子学園の周囲を囲んでいたコンクリート塀を取り壊しフェンスに変えるという地震対策の計画が持ち上がったことが、そもそもの始まりだった。
そして、昨夜、星の子学園の子供たちが、とあるSFサッカー映画を観たばかりだったことが。

それは、1500年の歴史を誇る某拳法の達人たちがサッカーに興じるという、ほとんどSFまがいの奇妙奇天烈な映画だった。
サッカーボールでコンクリート塀を蹴り崩し、ゴールを吹き飛ばし、あげくにグラウンドに竜巻を引き起こしさえする拳法の達人たちのプレイに、星の子学園の子供たちはすっかり夢中になってしまったのである。

そして、今日。
ちょうど自分の古巣である星の子学園に遊びにやってきていた星矢に、子供たちは、どうせ壊す塀なのだから、あの映画のように、サッカーボールでコンクリート塀を打ち砕いてみせてくれとせがんだ。
そして、星の子学園の悪童たちにけしかけられてその気になった星矢は、ごく軽い気持ちで、サッカーボールでのコンクリート塀破壊に挑戦することにしたのである。

──星矢は己れの力を過小評価していた。
まさかそんなSF映画のようなことが現実に起こるはずがないと高をくくり、星矢は本当に軽い気持ちでボールを蹴った。
しかし、星矢の蹴ったボールは実にあっさりと、いっそ鮮やかに、コンクリート塀を貫通してしまったのである。

その上、星矢の蹴ったボールはかなりの破壊力を有していた。
十数メートルの幅のあったコンクリート塀の5、6メートル分がその衝撃で即座に崩れ落ち、砕けたコンクリートの塊りが、塀の向こうの公道を歩いていた子供の上に、相当の勢いを保ったままで降り注ぐことになってしまったのである。

幸い──と言っていいのかどうか──たまたま この遊戯に不安を感じて、用心のために塀の側にいた瞬がすぐに動き、身をていして、その子供を庇うことができた。
だが、コンクリートの塊りは当然、子供を庇った瞬の上に降り積むことになった。

子供はかすり傷程度で済んだのだが、星矢によって破壊されたコンクリートの塊りの直撃を受けた瞬は、救急車で病院に運び込まれることになってしまったのである。

星矢が必死なのは、瞬に怪我をさせた責任を感じているからだった。
とにかく、こんな事態は受け入れ難い。
混乱した星矢は、彼の横で言葉を失っていた氷河の肩を引っ張って、白い寝台の上に身体を起こしている瞬の前に突き出した。
「氷河見りゃ思い出すだろ。ほら、瞬、氷河だぞ!」
「ひょうが……?」

氷河を見ても、瞬は全く感情を動かされた様子を見せない。
「氷河見ても、正気に返んないなんて……」
それまで何を言うにも怒声じみていた星矢の声が、初めて重く暗く沈む。

そこに追い討ちをかけるように、
「星矢。少し落ち着いて静かになれ。これは心因性の機能的健忘じゃなく、生物学的な脳の損傷による生活史健忘だ。変な刺激を与えることは、かえって良くない結果を生む。へたをすると、一生記憶が戻らないという可能性もあるからな」
「そんな……冗談だろ……」

瞬の意識が回復したという連絡を受けて病室にやってきた医師は、紫龍の見立てとほぼ同様のことを瞬の仲間たちに宣告した。






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