目玉焼きにはソースか醤油か、コロッケにはソースか醤油か、焼きうどんの味付けはソースか醤油か、アジフライにはソースか醤油か。
ソースと醤油の争いだけではない。
お好み焼きは主食か副菜か、バナナはおやつに入るのか入らないのか、信じるべきはイエスかマホメットか。
そんなつまらないことで人は争い、敵対し合う。

そして、一度対立の構図ができてしまうと、人はなぜか、ありもしない壁の向こう側にいる人間に素直に手を差し延べることができなくなり、差し延べられた手をとることもできなくなってしまうのだ。
くだらない意地や根拠のない不信のために。

人類が幾度も繰り返してきた過ちの歴史。
それが過ちだということを、本当はすべての人間が知っている。
そして、真の勝利者は、闘いに勝つ者ではなく、敵を打ちのめす者でもなく、争いを起こさなかった者なのだということも、人は本当は知っているはずなのだ。

知っているつもり・・・になっていただけだったことを、氷河は今、心から実感していた。
「俺は――おまえにこんなことをさせるくらいなら、惰弱と言われようが軟弱と馬鹿にされようが、一生おまえの尻に敷かれたままでいるぞ」
氷河が実に男らしく、瞬にそう断言する。

その宣言を聞いた瞬は、困ったように微笑した。
「僕、氷河にそんなにきつく当たったことはないつもりなんだけど」
瞬にそう問い返されて、氷河は目一杯慌てたのである。
「そ……そういう意味じゃない。つまり、より惚れている方が立場が弱いってことだ。俺はおまえが好きだから――」
「――だから僕は、氷河が望むことは何でも叶えてあげたくなっちゃうのかな」
「瞬……」

地獄のあとの天国とは、まさにこのことである。
瞬の可愛らしい言葉に、氷河は本気で天にものぼる心地を味わっていた。
瞬は、哀れみから助平な男の相手をしてくれていたわけではなかったのだ。

「おまえたち、よくもこの俺の目の前でいちゃこらいちゃこらと……!」
一度は引き下がったはずの瞬の兄の頭が再び沸騰しかけているのに気付いた紫龍と星矢が、あまり優しくない言葉で、この気の毒な兄をなだめにかかる。
「可愛い弟をあんな馬鹿に取られたおまえの無念もわからないじゃないけどさー、意地張る方の負けだって」
「うむ。おまえもそろそろ“負ける”ということを知っていい頃だ」


真の強さとは、おそらく、自ら負けることを知っている者だけに備わる美徳であるに違いない。
そして、真に強い者だけが、幸福という沃野に至ることができるのである。






Fin.






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