万川集海

〜 天真さんに捧ぐ 〜







そもそも、忍びの根本は『正心』である。
その心を正しく治めない時、忍びの術は盗賊の術に成り果てるのだ。

――藤林保武 『万川集海』――



本邦の忍術の歴史は、仏教と共に6世紀に伝来した兵書『孫子』に始まると言われている。
世界最古にして、かつ世界最高といわれるこの兵書に、「兵は危道なり、みだりに用いるなかれ。智略は正道で王者の道である」という教えがあり、これが元になって、我が国の忍術が発生した。
中でも有名な忍びといえば、伊賀いが甲賀こうがの二つの流れで、この二つは後に加わった根来ねごろと共に、徳川幕政下における公儀忍び組として裏の世界での暗躍を続けることになる。

伊賀の里と甲賀の里は御斎おとぎ峠(現在の滋賀県甲賀市と三重県伊賀市の県境に位置する)を挟んで隣接していた。
類似の技を用いて共に徳川に仕えながら――むしろ、それ故に――その二つは決して交わることのない異能集団だった。

天文、数学、薬学等の知識を持ち、肉体的・精神的・頭脳的にも常人を超える力を有し、だが決して表の世界に出ることはない。
どれほど優れた能力を有していても、決して政治的野心を持ってはならない。
その心を『正心』と言い、それが忍びの世界の掟だった。






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