「何……って、別に何も」
「こんな狭いところで瞬と密着して横になっていて、何もなかったはずがないだろう」
「自分基準で考えるなよ!」
「正直に言え。答えの内容によっては殺さないでいてやることもあるかもしれん」
星矢の反論は、氷河の耳には届いていないようだった。
『星矢は有罪ギルティ』と決めつけた氷河の目は、冥界の裁判官(の代行官)天英星バルロンのルネのそれよりも冷ややかな色をたたえている。

「ほんとに何にもしてねーってば!」
星矢は背筋に冷たいものを感じつつ、再度自分の無実を訴えたのである。
が、彼の裁判官は、最初から被告の有罪を確信していた。
「こんな狭いところに瞬と二人きりで閉じ込められて、何も感じない男がいるはずがないだろう。おまえは不感症か」
開廷前から被告への先入観でいっぱいの裁判官に、公明正大な裁きを期待できるわけがない。
氷河の決めつけには、一傍聴人に過ぎない紫龍もさすがに呆れ果てていた。
「その決めつけもどうかと思うが――しかし、確かに狭いな。こんなものに二人も人が入れるのか」

その肩に地上の平和と安寧を背負っている正義の味方たちの小柄さに 今更ながらに思い至り、紫龍は感嘆の息を洩らした。
冥界でオルフェと出会ったのが星矢と瞬でよかったと、心から思う。
もし、オルフェに出会っていたのがもう一方のチーム(?)の方だったなら、冥界の花園では、龍座の聖闘士と白鳥座の聖闘士と双子座の聖闘士の間で、三つ巴の壮絶なバトルが繰り広げられていたに違いないのだ。――自分以外の誰かを棺桶の住人にするために。
星矢と瞬の二人だから、仲良くその箱の中に収まることができたわけなのだが、その幸運な事実が、今は氷河の怒りに拍車をかけている。
要するに氷河は、この箱の中に、自分が瞬と閉じ込められたかったのだ。

「あのな! 俺は、箱の中に潜んでるのがいつハーデスにバレるかとひやひやしながら、あの中で息を殺してたんだぞ。死ぬことになるかもしれないって、それこそ決死の覚悟でさ。普通の人間が、そーゆー時にそーゆーことになるはずねーだろ!」
星矢の主張は至極尤もである。
しかし、星矢がその正論をぶつけている相手は、常識というものをその身に備えていない男なのである。
その上、彼は、星矢の弁明を聞く耳を、今は持ち合わせていないらしい。
氷河は、懸命に命乞いをする星矢を、相変わらず据わりきった目で見おろしていた。

「おまえ、瞬をどう思う」
「どう……って?」
突然そんなことを問われた星矢が、氷河の質問の意図を量りかねて口ごもる。
そんな星矢に、氷河は、抑揚のない声で重ねて問い質した。
「瞬は綺麗だと思うか、醜いと思うか」
「どっちかって言われたら、そりゃ綺麗の部類だろ」
「優しいか冷酷か」
「優しいけど」
「おまえは瞬が好きか嫌いか」
「好きだけど……それは仲間としての話で――」
「瞬は男に見えるか、女に見えるか」
「どっちに見えるかってより、瞬は女の子より可愛いよな」

正直なのも考えものと、紫龍は内心で星矢の真正直に疲労感さえ覚えていたのである。
だからこそ、この狭い箱の中で何もなかったと訴える星矢の主張を(紫龍は)信じることができるのだが、この場面でそんな答えを返す星矢を賢明と思うことは、紫龍には到底できなかった。
星矢の正直な返答は、当然、氷河の疑惑を確信に至らせることの役にしか立たなかったのである。

「それで、瞬に何もしなかったと言い張るか。おまえはそれでも男なのか」
事実を偽りなく答えた結果が、氷河のこの断定である。
星矢は自力で己れの無実を立証することを諦め、彼の無実を証明できる唯一の証人に救いを求める視線を向けた。






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