星矢が望むようにではないにしろ、氷河と紫龍が瞬との会話の継続を断念してくれたのは、星矢にとっては好都合だった。
星矢は途絶えた会話の間隙を縫って、やっと、
「瞬、おまえ、何で急にそんなこと言い出したんだよ」
と瞬に探りを入れることができたのである。

瞬は、いかにも無理をして作ったような笑みを その目許に浮かべ、縦にとも横にともなく首を振った。
「今日、星矢が星の子学園の子供たちと遊んでるの見て、そう思ったんだ。星矢はきっと、あの子たちを守るために戦ってるんだろうなあ……って」
「それがなんで――」
それがなぜ氷河と絵梨衣の仲を画策しようとする子供たちの傍迷惑な企みを妨害しないことにつながるのだと、星矢は瞬を問い質そうとした。
氷河の目と耳がその場にあることに気付き、そうするのをやめる。
それが氷河に知らせていいことなのか、あるいは知らせないでおいた方がいいことなのかの判断を、星矢は咄嗟に行なうことができなかったのだ。

星矢が逡巡しているうちに、星矢に向けていた目を僅かに細め、あの得体の知れない微笑を目許に浮かべて、瞬がラウンジを出ていく。
星矢は、もちろんすぐに瞬を追いかけた。
1階のエントランスホールと2階をつなぐ階段の足許で、瞬の腕を掴む。
振り向いた瞬に勢い任せに噛みついていこうとして考え直し、星矢はその声をひそめた。
これは、大ごとにせずに済むのなら、そうした方がいいことなのだ。

「瞬。おまえ、昼間ガキ共が言ったこと、気にしてる?」
「え?」
瞬は自分が何を問われたのかが 素でわかっていないような瞳をして、星矢を見詰め返してきた。
星矢は、瞬のその反応に僅かな苛立ちを覚えたのだが、しかし、それは、言葉や態度に出さずにいられないほど大きなものではなかった。
瞬はいつもより覇気がない。
瞬がこういうふうでいる時――それは瞬が何かを諦めてしまった時なのだ。険しい態度で臨むのは避けた方がいい。

「あいつら、氷河と絵梨衣をくっつけようとか何とか言ってたじゃん」
「ああ」
瞬が初めて 星矢が気に掛けていることが何なのかに思い至った様子で、微かに顎を引く。
しかし、その表情を、瞬は全く変化させなかった。
「ごめんな。俺、ガキ共にやめろって言えなくてさー」
「どうして?」
「どうして……って」

問われて、星矢は困惑したのである。
まさか、『氷河はオトコといい仲だから、余計な手出しはやめろ』と、本当の理由を子供たちに告げることはできない。
星矢が子供たちの企てを阻むことができなかった理由は、ただその一点に尽きていた。
瞬もそのことは承知してくれているものと、星矢は思っていたのである。

しかし、瞬の問いかけはそういう意味で発せられたものではなかったらしい。
瞬は、星矢が子供たちにやめろと言えない理由ではなく、氷河と絵梨衣が“くっつく”ことを好ましくないと彼が考えている理由の方を問うたものらしかった。
「絵梨衣さん、今は普通の人なんでしょう? もうエリスの影はない」
「美穂ちゃんの話だと、そうらしい」
「彼女、氷河とお似合いだと思うけど。子供たちの世話してるとこ見てると、彼女、本当にあの子たちが可愛くてならないんだろうなあって思う。母性的で優しくて――氷河の好みなんじゃないかな。可愛いし」

瞬はいったい何を言い出したのかと、星矢は今度は大いに苛立ち、憤りさえしたのである。
事態を大ごとにしないために声をひそめる配慮を、それ以上続けていられなくなり、彼は声を荒げた。
「あのな、そーゆーことをおまえが言うなよ! ピグミーネズミキツネザルがパンダを珍獣呼ばわりするようなもんじゃねーか!」
「それってどういう例え?」
わかりにくい例えに、瞬が微かに眉をひそめる。

「おまえの方が可愛いってこと!」
遠慮のない大声で、星矢は瞬を怒鳴りつけ、
「あんまり嬉しくない評価だね」
怒鳴りつけられた瞬は、星矢とは対照的に力のない声でそう呟いた。
そして、その瞳に消え入りそうに薄い微笑を浮かべた。






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