瞬が、そんな氷河を、更に強い意思のこもった眼差しで見詰める。
「氷河が2人きりでいたいって言ってばかりいるから、僕は不安になったんだ。だから、1人じゃできないこと、2人じゃできないことをしなくちゃならないって 思ったんだよ」
「瞬……」

それは、瞬がこの無謀に挑戦したのは彼の恋人のためだった――その存在を社会に向かってアピールするためではなく、ましてやそうすることによって自らの虚栄心を満たすためでもなく、真実 恋人のためだった――ということなのだろうか。
気が狂わずにいるのが不思議なほど馬鹿げた日々の中で、瞬はいつも彼の恋人のことを思っていてくれたのだろうか。

だとしたら――瞬がこれまでに為してきたすべてのことが、彼の我儘で未熟な恋人のためだったというのであれば、すれ違いばかりが続いたこの長い苦渋の日々も許してしまえそうな気がする。
心底から――とはいかなかったが、瞬が自分のことを思い、自分のために行動してくれていたのだということが、どうしようもなく嬉しい。
2人だけで生きていたいという願いなどどうなってもいいと思えるほどに、氷河は嬉しかった。

事ここに至って、星矢と紫龍は気付いたのである。
今この場にいる瞬は、アテナの聖闘士でもなければ、ジャンヌ・ダルクのデザイナーでもない。
今 彼等の目の前にいる瞬は、氷河の恋人なのだということに。
否、瞬はこれまでもいつも――徹夜でデザイン画を描いている時にも、仲間たちにあれこれと無茶な要求を突きつけている時にも――そういうものだったのだ。

「俺たちはダシかよ」
「ダシは料理では最も重要な要素だぞ」
慰めになっていない慰めが、紫龍の口から出てくる。
もちろん、星矢はそんなことでは慰められなかった。
ほぼ1年になんなんとする苦難の日々が、実は氷河ただひとりのためのものだったのだと思うと、泣くに泣けず、笑うに笑えないではないか。

「恋は2人いれば、それで十分だろう」
「でも、人は2人だけでは生きていけないよ」
氷河も、今ではもう、それはわかっていた。
生命の維持に社会という仕組みが必要なのだということは、以前から 嫌々ながらではあったが、氷河も認めていた。
そして、それだけではなく――5人で一つの目的に向かって疾走していた この日々は、瞬と2人きりになれる時間が削られることに不満を覚えながら、氷河にとってもそれなりに充実した時間だったのだ。

「俺は――親しい者たちを亡くしたせいで厭世的になって、以前は1人でいたがってた。おまえと2人でいたいと思えるようになったのは、かなりの進歩だと思っていたんだが」
「もっと進歩しようよ」
瞬が、相変わらずの笑顔で、事もなげにそう言ってのける。
『嫌だ』とは、氷河には言えなかった。

「だが、そうなっても、俺のいちばん大切な人間はおまえだ」
「そうであるように、僕も自分自身を磨くことにするよ」
何があっても、瞬は大衆に埋没するような人間ではない。
心地良く安全な自分だけの世界に逃げようとしないことで、瞬は、いつも誰よりも輝き続ける人間なのだ。
それはわかっていたのだが、氷河は瞬のその言葉に頷いた。
瞬ではなく自分こそが、瞬にとって価値あるものであり続けるための努力を怠るまいと決意して。

2人が2人きりになりたがっていることを察して、コンブとカツオブシが部屋を出ていく。
世界中の人間が力を合わせなければできないこと、5人でなければできないこと。
世界は、誰か1人のために回っているのでもなれれば、ただ一組の恋人たちのためだけに存在するものでもない。
それを身にしみて実感した氷河は、だが、今は、瞬と2人きりでなければできないことをしたかったのである。

長いキスのあと、改めて見詰めた瞬の瞳は、以前以上に温かい輝きを増しており、その輝きの中にいる彼の金髪の恋人は、どう見ても世界で最も幸運な男だった。






Fin.






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