- II -





翌朝、氷河は目覚めるとすぐに瞬の許に向かった。
クシナダ姫の館でスサノオと落ち合い、これから造る斐伊川の堤の位置の再確認をして、実作業にとりかかることにしていたのだ。

この時代、部屋の窓には もちろんガラスなど嵌められていない。
夏場のこととて、瞬は昨夜 窓を覆う板を閉じることなく過ごしたらしい。
南東に向いた瞬の部屋の三分の一ほどは陽の光に照らされ、残りの三分の二は影に覆われていた。
その影の部分の方に敷かれた薄い布団の上に、瞬がぼんやりと足を崩して座っている。

「氷河……」
氷河が瞬の部屋の木戸を開けると、瞬は、どう見ても睡眠不足としか言いようのない目を、彼に向けてきた。
「瞬、どうしたんだ」
城戸邸のあのやわらかいベッドに慣れている瞬が、突然硬い板の間で眠ることになったのである。
瞬があまり眠れていなくても、それは致し方のないことと氷河は思ったのだが、瞬の寝不足の原因は、実は そんなマトモなものではなかった。

「夕べ、僕眠れなくて……。スサノオさんがね、夜、クシナダさんのところに忍んできて、それで……」
「昼間あれだけやったのにか!」
氷河の声は明確に非難の色を帯びていた。
というより、非難そのものだった。
とはいえ、その非難は、決してスサノオの過ぎる勤勉を責めるものではなく、そうすることを思いつかなかった自分を責めるものだったが。
頬を朱の色に染めて、瞬が力なく頷く。

「その……あの2人の――が、ものすごく激しいの。声も筒抜けで、隣りの部屋にいると、僕、落ちつかないっていうか、うるさいっていうか、それで全然眠れなかった……」
「それは……災難だったな」
荒ぶる神の荒ぶり方が まさかそこまでとは、氷河にも想定外だった。
迂闊を極めた自分自身に腹を立てながら、その立腹を極力表情には出さず、氷河は瞬の肩に手を置いて、その不運を慰めたのである。

瞬が困ったような上目使いで、氷河に尋ねてくる。
「あの……あれは――あれが普通なの? それともあれは、スサノオさんが暴れん坊だから?」
「……」
スサノオの『あれ』がどれほどのものなのか、現場に居合わせなかった氷河には、正直 判断がつきかねたのである。
しかし、自分たちの今後を考えると、瞬の疑念は肯定しておいた方がよさそうだと、氷河は咄嗟に判断した。

「普通だろう」
素知らぬ顔をして、氷河は瞬に頷いた。
途端に、瞬が不安そうな顔になる。
「でも、氷河はあんなにはしない……しなかったよ! あんなに何度もいつまでも――」
いったい瞬は何が不安なのか――瞬を不安にしているものの正体を訝りつつも、瞬に『氷河はできないのだ』と思われたくなかった氷河は、そういう誤解だけは生じさせないようにと、はっきり瞬の疑念を否定した。

「おまえは好き者のお姫様とは違うし、無理をさせるわけにはいかないだろう。あの夜も、おまえはひどく つらそうにしていた」
『あの夜』とは、もちろん2人がこの世界に飛ばされる羽目に陥った前夜のことである。
初めてその行為に及んだ時、瞬は臆病に物怖じしていて、その上、尋常でない羞恥心に囚われ、実際に2人が身体を交わらせた時には、瞳に涙さえにじませていたのだ。

その瞬が、噛みつくように氷河に反駁してくる。
「無理なんか!」
瞬の気負い込んだ反応に、氷河は目を剥いた。
「僕は、全然つらくなんかなかったよ!」
「あ……いや、だが……」
古代の恋人たちの激しい情交に、瞬の心身は いたく刺激されてしまったらしい。
氷河を見詰める瞬の瞳は熱を帯びて潤んでいる。
瞬が今 氷河に何を求めているのかは一目瞭然だった。

瞬の期待に応えるのは、瞬に求められている男の義務だと、氷河は思ったのである。
たった今 瞬の望みを叶えてやったとしても、『朝っぱらから何をしているんだ』と、あのスサノオに文句が言えるはずもない。
氷河は、電光石火の早業で、即座に薄い布団が敷かれただけの寝床に瞬を押し倒した。
服など、あとでこの世界のものを適当に手に入れればいいと考えて――実は 考えもせず――、乱暴に瞬の身に着けているものを引き剥ぐ。

瞬は全く無抵抗だった。
粗暴としか言いようのない氷河の振舞いに、瞬はむしろ協力的だった。
氷河が触れる前から瞬の肌は熱を帯びていて、氷河が触れる側から そこに火をともされでもしたかのように、瞬の唇は喘ぎを洩らす。
クシナダ姫が昨夜この館にどれほど はしたない声を響かせたのかは、氷河にもおおよその察しがついたが、瞬はさすがにまだ羞恥が勝っているらしく、彼は自分の唇から洩れる艶めいた声に戸惑っているようだった。
しかし、初めての夜に比べれば、瞬はかなり大胆さを増していた。
そうすることが氷河の仕事の邪魔になることにも気付かずに、必死にその腕を氷河の背や首にまわし、しがみついてくる。
絡んでくる瞬の腕と手を なるべくそっとほどきながら、氷河は瞬への愛撫を繰り返したのである。

クシナダ姫とスサノオの奮闘のせいで、どうやら瞬は、それが“普通”で“良い事”だという認識を持つに至ったらしい。
板の間の粗末な寝床の上で、瞬はやがて、氷河に何を言われたわけでもないのに、彼の前に自分から脚を開いた。
そこに猛ったものを打ち込まれても、痛みを訴えることすらせず、瞬は最初から歓喜の声を響かせた。
瞬の口から、よもや『もっと』などというセリフが聞けるとは――しかも何度も何度も聞けるとは、氷河は考えたこともなかったのである。
瞬の身体はすっかり、それを快楽そのものと認識するようになっていた。

感動のあまり暴走しそうになる自分自身を懸命に抑えながら、氷河は瞬を揺さぶり続けたのである。
そのたびに瞬は、細く余韻の残る悲鳴をあげて、更に氷河を求めてきた。






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